メインメニュー
検索

ブログ - 日常に寄り添うモノの大切さ   鈴木翠珠

日常に寄り添うモノの大切さ   鈴木翠珠

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
八王子支部 2020/1/28 16:16
~スリップウェア作家 ボウエンさんに会うの巻~

以下、東京民藝協会の例会で気付かされた事実を記していこうと思う。
「スリップウェア」と聞いて連想するものは日本民藝館(駒場東大前)のあの品。体の横幅分もある長方形の形をした黄土色の大皿である。黒色の波目模様がゆらゆらと流れている。パイを焼くための皿。「魔女の宅急便」(スタジオジブリ、1989)で出てきたようなパイが出てくるのかしらと想像しているあの品。
 辞書で言葉の意味を調べてみる。

  スリップウェア(slipware)
  「装飾陶器の一種。化粧がけ陶器ともいう。陶器の素地に泥漿釉(スリップ)をかけ、いろいろな装飾文様を施した陶器。その最古の作例は古くローマ時代にまでさかのぼるが17世紀以来ドイツやイギリスにおいて盛んに作られた。また東欧や中央アジアの民芸陶器にも多い」 ブリタニカ国際百科事典(2011)

 まだまだ知らぬ世界を知るために、ギャラリー・セントアイヴスの11月例会に勇んで出掛けて行った。お題は英国のスリップウェアの作家である「クライヴ・ボウエン氏の実演とお話」。イギリスの土は色にほとほと徹するようだ。黒・黄土色・黄・緑・赤があり、同じ色に別の色の存在は微塵も感じさせない。色に徹するからこそ色の対比が美しく出るのだろう。ちょうど会場では「柴田雅明 クライヴ・ボウエン 二人展」を行っており、日英の陶器の比較ができて興味深い。
     例会で印象に残ったのはボウエンさんの実演。タイルに次々に絵付けをしていくのだが、その手捌きといったら!絵付けというと筆でさらさらと描くものと思っていたがそうでもない。何でもあり?の世界のようで櫛(コーム)、果てはお好み焼きのマヨネーズが入っていた3つ口?チューブも絵付けに使う。「さっ、さっ、さっ」という言葉が適当なようにカニ・魚・波目模様等を実に楽しげにそれに手早く描いてくれる。速さの秘訣は描き慣れているということもあるのだろう。加えて模様の一つ一つにボウエンさんのみならず、ボウエンさんの中にある作り手達の魂が混じり合っているからのようにも感じる。実に迷いがない。模様は産み出されるのを楽しみに待ち、簡素にのびのび産まれてきた。楽しげな様子は見る者にも伝播するようで、ボウエンさんの大きなあの手から一体次は何が産み出されるのかワクワクしながら見守った。
唐突に思う。これが「作る喜び」かと。日本民藝館の丹波焼の記念講演会で流れた柴田雅明さんの作陶の映像も重なる。今までやや厳しい面持ちで作陶していたのだが、窯から焼き上がった品々を一つ一つ手に取っては「良し」「良し」と言い、晴れ晴れとした笑顔で手に取るその姿。聴衆皆からも笑顔がこぼれた。
普段の生活を省みるに、自分の手からモノが産まれ落ちる際、喜びを持って見守っていただろうか?と。毎日の掃除をする際に義務感だけで行っていなかったか?扱った掃除用具、きれいになった床・何よりもそのものの空間をきちんと見つめていただろうか?何の感慨もなく、こなしていたのだとしたら人間ではなく、機械のような心だったのだろう。
作られたモノには喜びが添えられている。出来上がったモノを見ている生活だけでは気付かなかった視点だ。単純でありながら厳然とした事実にしばし愕然としたのであった。
民藝という切口であるものの、禅にも通じる切口である。一体禅と何の関係が…?と思われる諸君、そういうことだっちゃ。在る。ただそれだけで有難いのだ。
  翠珠 記ス
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (48)

トラックバック

トラックバックpingアドレス https://hachioji.ningenzen.jp/modules/d3blog/tb.php/671
Copyright © 人間禅西東京支部 2007-2013