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トップ  >  ★出会いはいのち 相島玉舟★

六、七年前のことですが、八王子生涯学習センターのクリエイトホ ールで行われる、「駅前静坐会」のご案内が市の広報に載ったのを見 て参加いたしました。

当時は野本地蔵さんが中心となり、今思い出し ますと宗應さん、大愚さん、常澤さんの奥様と息子さんが坐っておら れました。 その頃、私はお茶を一生懸命やっており、お茶会、稽古、研究会と 忙しく、日曜日の静坐会には時々しか参加できません。 段々とご無沙 汰ぎみとなり、地蔵さんとは年賀状のやり取りだけになっておりまし た。

それから二年程たったある日、今度は地域タウン紙「ショッパー」 に掲載された「写経と椅子坐禅」が目に入りました。 これは土、日で はなく平日だったので大丈夫かとも思いながら、しばらく躊躇ってお りました。二、三日後に始まるという時、決心して電話をしました。 当然男性が出るものと決めていました

ところ、「どうぞ、どうぞ、是 非おいで下さい」と大変お元気な女性の声です。それが笠倉玉渓さん との最初の出会いでした。 その講座に二、三回通った頃、教室の皆さまに「村下道場という所 で摂心会があります。 今回は年に一度、総裁老師という方が担当され る滅多にない機会なのでぜひ参加して下さい。」と言われました・・

前 日に市の中心から少し離れた緑町の、京王線の踏切近くにある道場を 下見に行き、不思議な形の大きな石が沢山あるお庭にびっくりしました。 初めて坐禅の仕方を習い、昼食を頂きました。ご飯にお汁、たくあ 81 んにトマト二切れ、典座長は大愚(現西東京支部長)さん。 今時こん な質素な食事をする人たちがいるのだと妙に感動したことを覚えてい ます。

この時、私は行けなくなっていた「駅前静坐会」と、「写経と椅子 坐禅」に導かれてやってきたのが、同じ所だったと分かるのです。自 分が呼んでいるのか、禅に呼ばれているのか、そして親にあたる笠倉 玉渓さんとの不思議なご縁を感じました。 当時、私は還暦を迎えておりました。それなりに息子を一人育て、 義母とも二十年間一緒に生き、そのうち十年は介護です。

そしてどう にか無事に親送りも済ませました。又三十年ほどやって来たお茶にも 限界を感じ始めていましたし、さてこれから死ぬまでの二十年間、何 をして生きようかしらと探している時でもあったのです。 次にお誘いを受けたのは、自伝「元始、女性は太陽であった」を書 かれた平塚らいてうも修行されたと言う、谷中にある擇木道場での摂 心会でした。

「お電話を下されば日暮里駅南口までお迎えに行きます。」 とのお言葉に乗り、平成二十年六月十六日より、二泊三日で出かけま した。 道場での私の作務は、午前も午後も一人で禅堂のお掃除です。総裁 老師より初関を頂き、最初は考えても何をおっしゃっているのか見当 もつきませんでした。 でも何回も参禅をさせて頂くうちに、段々と身 動きができなくなったのです。

その時の私はマニュアル車に乗ってお り、ニュートラルにギアを入れ、いくらアクセルを踏んでも全く変化 がなく、もちろん、前にも後ろにも、そして右にも左にも動けないと いった状態で、心の中でうーんうーんと唸るばかりです。

三日目の朝、 ふっと前が開ける感じがしました。 そうして「そうなんだ」と思った 途端、自分の中の何処から出てくるのか分からないのですが、涙があ ふれ出て止まりません。初関透過の瞬間でした。 ほっとする暇もなく、お昼には帰らなければなりません。総裁老師 を初め、玉渓さん、擇木道場の皆さまに感謝しつつ帰宅しました。自 私と禅/出会いはいのち 82 宅には丁度その時「直心是道場」の軸が掛っていました。

何故かそれ までとは違って見えたのです。 入門は平成二十年七月、今月で丸四年 になります。慣れないながらも何とか続けてまいりました。 私は毎日、朝起きたらすぐに、浅川土手を四十五分歩きます。それ からゆっくりと白湯を一カップほど飲んだ後、一烓香(四十五分)坐 ります。

去年の秋のことです。坐っていても雑念が次々とやってきて、落ち 着かない時がありました。そこで身体は坐禅をしているのですが心を バターンと横にして見ました。 するとぴったりと何かにはまった感じ です。まるで大混雑している山小屋に男女の境も無く、みんな川の字 になって寝ているようでした。

暫らくじっとしていると、隣の人の体 温が伝わってき、それから息づかい、心臓の鼓動まで聞こえてきまし た。よく見ると知った人も知らない人も沢山おり、善宝くん、紫光さ ん、大愚さん、近所のおばさん、父、母、家族、二十三年間一緒に暮 らした猫の「こてつ」、傷ついて獣医さんに連れていった鳩、時々見 かける蝸牛などもいます。

それは高尾山の方に頭を向け、海へ向っ でんでんむし て流れる大きな大きな河でした。 自分の知らない昔から続いてきて、 これからも途切れることなく流れていく。その時ふと、隣で一緒に流 れている人たちは、今この瞬間を一緒に生きている仲間なのだと思い ました。

私たちは仲間なのです。縦に流れて決して終わることのない 大きな命の河に、横に並んで今を一緒に生きる私たち、小さな命でも たった一つの輝く命と思ったのでした。 私は坐禅を始めてから、毎週NHKの「こころの時代」という番組 を見ています。二年くらい前ですが、生命誌研究者の中村桂子さんの お話がありました 。現在は大阪府高槻市にある「JT生命誌館」の館 長です。

先生のお話によれば、三十八億年前にたった一つの細胞から 命が生まれ、海から陸に上がったのが五億年前、最初に苔のようなも のができ、土になり、陽を求めて上に登り、水を吸い上げるための木 が育ち森になったとのこと。そこに虫や色々な生き物がやってきて、 私と禅/出会いはいのち83 動物も人間も誕生を繰り返しながら進化を遂げてきたのです。

今世界の人口は約七十億人と言われています。詳しいことは良く分 かりませんが、人間も初めは一人、黒とか、白とか、黄色とかは関係 なく、みんな兄弟、親子です。これは昔からよく耳にしてきた言葉で すが、最近私はその思いを強く持てるようになりました。宗教が違う、 考え方が違う、ここは自分たちの土地だなどと争っていないで「正し く、楽しく、仲良く」と思うのです。

今年の五月より西東京支部では、皆さまのご協力のもと「茶と禅を 楽しむ会」を発足いたしました。二年前より考えていたことですが、 前西東京支部ご担当の金剛庵老師は「自分の殻を破って一歩進みなさ い」「一緒に坐りましょうと声をかけなさい」「出会ったら変わらな ければいけない」などと常々申されました。それらが私のこころの中 に積っていきました。この歳になってやっと重い腰を上げ、知らない こと分からないことは、ご老師や先輩方にお尋ねすることにして、と にかく「ご一緒に坐りませんか」と声を上げたのです。

お陰さまでこ の七月で三回目を迎え、参加者も十五名になりました。まだまだ自分 たちの周りに、坐禅やお茶をやってみたいが、どうしたらいいのか糸 口の分からない方々が多くいらっしゃるように思います。

これからも お仲間に助けて頂きながら、ご一緒にこの会を育んでいくつもりです。 還暦を過ぎて死ぬまでの二十年間を、何をしょうかと思っていた時 に禅と出会い、まだまだ禅的な発想はできないのですが、これからも ご老師さまはじめ皆さまに、ご指導頂きながらやっていこうと思って います。ありがとうございました。 (平成24年7月12日、第66回西東京支部摂心会の講話より)

■著者プロフィール■ 相島玉舟(あいじまぎょくしゅう) 青森県生まれ。現在八王子市在住。主婦。趣味 太極拳・茶道 平成20年、人間禅葆光庵春潭老師に入門。現在、人間禅輔教師

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