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嬉しい来訪者

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八王子支部 2014/7/20 16:40
擇木道場の心印です。

普段は私は日暮里の方で座禅会をやっていますが、金曜夜と土曜朝の方だけやって、その後は八王子の西東京支部で摂心会をやっているので、そちらに行くことにしました。

もっと早く行ける予定だったのですが、金曜夜からお泊りだった青森の女性の人生相談?座禅は悩みはどう解決するのか?という話をえんえんしたので、出発が遅くなりました。

いったん家に帰って着替えやお泊りセットをバイクに乗せて首都高速から中央自動車道を使って八王子に向かいました。

八王子インターを降りる前に立ち寄るサービスエリアがあるのですが、そこでメールを見ていたら4時過ぎに5時から座禅ありますか?と問い合わせが入っていることに気づきました。

が、回答しようがありません・・・(まだ道場行くまで詳細なスケジュールがわからない・・・)

八王子インターを降りて、摂心会の会場である禅東院へ行ったのですが、果たしてその方は来られませんでした。

夜、その日のスケジュールが終わってから「直前で回答できず、すみませんでした、明日も、明後日も摂心会ですから、座禅の時間がありますので、お待ちしています」と返事をしておきました。

そうしたら、次の日の朝の座禅会へその方が見えられました。
20代の若い女性で、八王子にいらっしゃるということで自転車で来られるそうです。

ホームページを作った私としてはとても嬉しい来訪者でした。
休憩を挟んで2回、1時間ほど座禅をされてお帰りになりました。

またおいでくださいね!!

心印 拝

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   今まで、その3までは、以下のタイトルでした。
その1、「直ぐ(仕事に、勉強に)取り掛かれる座禅の効果」(6/9)
その2、「他のことに気を散らさないで今に集中できる座禅の効果」(6/19)
その3、「情報過多の現代において、常に平常心を保ってことに当たれる座禅の効果」(7/6)
今回は、「コンプレックスからの解放」についてお話しします。

  素直な人はいろいろなものに興味を持ち続け、その一つ一つに秀でてきます。人の言うことを素直に吸収する人は成長します。この素直さを妨げているものの一つにコンプレックスというものがあります。

コンプレックスが素直に学ぶことを妨げるのです。教えられることを嫌う、うまくできなかったときの心配をする、謙虚に学ぶことに全力投球で打ち込むことができないのです。

コンプレックスは、チッポケな「我」が生み出す二つの迷いの一つです。 一つは優越感(Superiority complex)で人と比べての増上慢になるもので、鼻持ちならない嫌われ者です。

もう一つのコンプレックスが、自分を過度に卑下し、素直さを妨げる劣等感(Inferiority complex)です。これは、増上慢の裏返しで、卑屈になり、他人の幸せを羨み、そして引きこもり、対人恐怖症まで広範な症状になり、その人本来の素直さをそぎ落とします。

座禅をやり、三昧が身に付き、人間形成が進んでくると、チッポケな吾我がだんだん大きな自我に転じてきます。転迷開悟です。

チッポケな「我」がチラッと顔を覗かせても、それにすぐ気づいてそれを未然に消して行くことができるようになる。こうなれば、さばさばと何の屈託もなく、自然体であらゆる事に積極的に対応できるようになります。

鼻持ちならない優越感と卑屈な劣等感は、チッポケな自我の表裏であり、出所は同じチッポケな自我から出てきているのです。
転迷開悟で、大きな自我が常に確保できて居れば、常に平静な心の持ち様になるのです。これが素直な心であります。

この素直な心が常に安定にあれば、目下の者にでも頭を下げて教えを請うことができ、何からでも吸収し、勉強し成長することができるのです。
これは才能に関係なく、老若男女、貴賤を問わず、人種を問わず、ただ一日一炷香(毎日線香一本の時間 30分以上座禅をする)の座禅を継続するかどうかに掛かっています。

すなわち座禅による三昧は、他との差別を相対的にする頭頂葉の働きを抑え、自他不二を自ずと感得する前頭葉の働きを活性にするのです。
別の言い方をすれば、座禅による三昧は、チッポケな自我を空じて、大きな自我を呼び覚ますのです。

座禅は、一人でやるとなかなか継続できませんが、このHPにある週例座禅会(土曜日、水曜日、日曜日)などに出席して、みんなと一緒に座禅三昧を行じ、他と比較してぶれることのない素直なこころを常にキープするようにしてください。(春潭)
先日は、午後から久しぶりの茶道の稽古。 先月退院されたばかりの茶道の先生に、炉のお点前をご指導頂きました。 旧暦では、6月末で一年の半分が終わり、暑気を払うにちなんで、「水無月」という三角形の餅菓子を頂きました。 (小豆が乗っていて、美味しいのなんのって☆) 茶室の凛とした空間のなかで。。 心を込めた所作を大切になぞっていくと。。 忙しい日常のなかで鈍っていた心の感覚が。。 一つずつ、ゆっくりと開いてきます。。 主客がひとつになって。。 ただひたすらにお茶を点て。。 その全体を味わうという「三昧」に浸りこむ時間。。 やがて。。 自分と。。 境(対象)とが。。 ひとつになり。。 渾然一体と融け合う状態のなかで。。 心の鏡に映りくるのは。。 柄杓で掬い落ちる、一滴の雫のなかに。。 普く、この宇宙ぜんたいを宿す尊厳性を見。。 また。。 一杯のお茶を頂く所作のなかにも。。 天地の乾坤を一息に飲み干すことができる心を宿す。。 時間や空間は。。 心が創造する。。 大自然のリズムや、宇宙の周期をじかに感じるのは。。 日日の、その何でもない、当たり前の行道のなかにあるのだということを。。 改めて想い出し、実感させられました。。 先生のご指導と。。 茶禅一味の御徳に。。 気持ち新たに感謝を込めて。。 今年後半もまた、精進したいと思います✨(*^^*) 松田 大愚 

ちいきの先生

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八王子支部 2014/7/15 7:06
 私の住んでいる町で小学生学習支援事業「がんばルーム」が数年前にスタートした。 私も今年の7月から学習指導相談員「ちいきの先生」として毎週土曜日午前中、近くの小学校に出向くこととなった。

  一教室に20人位を4~5人の「ちいきの先生」で学習を見ている。 小学生の指導は初めてである。
 全体的に落ち着きがないように思われるので時機をみて、学習前に2~3分位、座禅まではいかないが数息観をやらせてみよう思っている。 合掌 宗應 拝
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 7月初旬、五葉会(中央大学座禅の会)を訪問した。 小生は五葉会OBではないが、学生の頃縁があり、よく神田にあった中大五葉会会室に出入りしていた。いわば準会員のようなものであった。大分昔の事である。

 入口を入ると、学生達が5~6人熱心に座っていた。今は昔と違い、授業の関係で時間帯によって、メンバーが変わるとの事。 表面には、人間禅第一世総裁でもあられた、創設者耕雲庵英山老大師のご揮毫【一華五葉開結果自然成】の掛軸が掛けられてあった。その他にも五葉会でご活躍された先輩の写真が掲げられ、昔の雰囲気を思わせる。懐かしい名前も目に付く。
 
 五葉会は、昭和3年、当時中央大学教授であられた老大師のもとに、5人の学生(五葉会命名の由来となる)が、道を求めて創設されたものである。今年で86年になる。諸先輩達が必死に引き継いで来られた、長い伝統を有する会である。
 
 耕雲庵老大師は、五葉会に入門者が一人もなく、本当に禅に取り組む学生がいなくなったら、五葉会は潰せ!と。又、ある大先輩は五葉会は絶対に潰すな!と。  そして今、一時休部に近い状況に追い込まれた五葉会を守ろうとする、現役会員の姿がまぶしい。ともあれ、学生時代、人生の心のより所を見つけられる事を、切に願うものである。 円定
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前回は「正しさ」を取り上げました。今回は「楽しさ」です。

 次に、「楽しく」ということも、実際は非常に難しいことで、これは理屈では届きません。人間どんなに楽しくあるべきであると言ってみても、実際に楽しくなければ、どうしようもないのです。  楽しいというのは実感ですから。

 本当に職場に働くことが楽しい、家庭が楽しい、生きるということが楽しい、人と交わることが楽しいということを自分が自分に言えるのでないと楽しいのではないのです。自分が自分にいつわりなく、楽しいということが言えるかどうか、これはなかなか難しいことです。悲しいことも、癪に触ることも、苦しいこともあるし、そういう中で、自分の人生が楽しいのだ、ということが言えるということは、それを越えた楽しさ楽しさというものを味わっているということで、それは容易ではありません。

 しかし、私は、本当に自己というものがとり戻せた時に、はじめて、色々な困難や、意地悪とか、苦しみの状況にも拘わらず、本当の人間として生きることの楽しさというものが、甦ってくると思うのです。

次回は「仲よく」です。

磨甎庵老師は、千葉大名誉教授(倫理学)。平成21年94歳で亡くなられましたが、一生現役とされ、最後まで学人を相手に厳しく導いて下さいました。この講演録は、ある企業で行われたもので、市販されてはいません。道場で売られたもので、購入してから私は、バイブルのように持ち歩いていました。 20回予定で紹介させていただきます。紫光九拝
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7月茶の稽古

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八王子支部 2014/7/12 8:44
昨日お茶の稽古をしました。大愚副支部長、鈴木Mさん、初めて参加のRさんの3人です。 花は桔梗、木槿、半夏生、お菓子は水無月、青楓平茶碗(京焼き)、駒繋ぎ蒔絵大なつめ、 高取耳付き水指、最後になりましたが軸は「面壁だるま」大徳寺510世上田義山です。 来週17日から21日までの摂心会のために、お点前確認の稽古になりました。 初めてのRさんは席入りの仕方、歩き方、お茶の頂き方を繰り返し練習しました。 次回からは袱紗さばきに入ります。楽しみですね。玉舟拝
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生家の管理

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八王子支部 2014/7/10 7:17
群馬県の「富岡製糸場」が世界文化遺産登録となり、その関連で深谷市の偉人の渋沢栄一、尾高惇忠の生家を公開した。(渋沢栄一栄一の生家は以前より公開)

毎日50名~120名の見学者がある。 私も6月から深谷市の要請で生家の管理、案内(1日4時間)をすることとなった。

歴史上の偉人の多くは、座禅の修行をしているので二人について調べたが論語は学んで教えもしたようだが禅は特にやった記録はない。 ただ、山岡鉄舟と円朝との接点はあった。山岡鉄舟が円朝を渋沢栄一、井上 馨、山県有朋に引き合わせたという記録があった。
合掌 宗應 拝
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 7月17日(木)~7月21日(月)迄、八王子禅東院で摂心会(座禅会)が行なわれる。摂心会は年6回行い、今回は今年2回目となります。

 摂心会とは、「心を摂する会」ということです。「摂」とは心をおさめ養うという意味です。つまり、心を一つに集中する事です。禅では、「三昧」(ざんまい)といいます。禅は最初から最後まで、三昧を養う修行といってもよいと思います。

 小生は大学2年の中頃より、禅とご縁がありました。随分以前の事です。初めは「数息観」を教えられますが、何をやっているのかチンプンカンプンでした。 終わって道場を跡にしたとき、今ブログを書いている雨上がりのような、スカッとした気分になりました。長く続けてこられたのも、懐かしく思い出されるからかもしれません。軽い気持ちで踏み込んだ一歩が、大きな一歩となりました。

 禅は、「大道無門」といわれます。どなたでも、どんなキッカケでも、門を開いているという意味です。禅の広さと、奥の深さを感じます。「ほんもの」とは、そういうものかもしれません。 とにかく、「一歩」。
円定

摂心会の心得

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八王子支部 2014/7/8 6:44
 西東京支部(八王子)の第75回摂心会(座禅、参禅、作務、提唱等)が7月17日から7月21日まで厳修されます 今回、18日に「摂心会の心得」について話をする機会を得ました。 私の摂心会参加の姿勢を反省するありがたいチャンスと思って工夫しているところです。

合掌 宗應 拝
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