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クリエイト静座会を開催しましたので報告いたします。


        記

日時:平成30年5月20日(日)午前9時30分~12時

場所:八王子クリエイトホール9階和室

内容:静座3炷香(25分×3)、輪読

参加者:一般の方 7名   会員 古江、栗原

概況:
・初参加の方は、男性2名でした。最近、常連だった方の足が遠のいていてちょっと気がかりです。
・輪読は「数息観のすすめ」11ページから25ページ、「坐禅の仕方について」と「数息観の仕方について」を読みました。

合掌  道活 拝
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 その頃、勢力を得た織田信長が、三好長慶(ナガヨシ)、松永弾正によって殺された足利義輝の弟にあたる義昭を奉じて岐阜より上洛します。信長は三好、松永の党を征服すると、堺に二万貫の矢銭(ヤゼニ)を課してきました。
今まで自治制を布いて、どの大名にも支配された事の無い自由都市堺の町人にとっては大問題であり、早速周囲の堀を深くし、木戸を固め、菱の実をマ蒔き、浪人を大勢傭って軍備を整え、信長との一戦を覚悟しましたが、最終的には、信長に取り入った方が上策と、遂に軟派の申し出により矢銭を出す事になりました。
 この非戦派は殆どが数寄者で、今井宗久、津田宗及など率先して信長に近づいています。程なく堺に代官が置かれ、この町も信長配下に属することになりました。同時に、信長は京都、堺の名器を集め出しました。これを世人は名物狩りと言いました。これは足利義政の東山御物制定に倣ったものと思われます。かくして、天下の名器は続々と信長の元に集められ、堺の数寄者達は我も我もと信長に接近し、家臣達に茶の指南をしました。信長もこの道に親しむにつれて、これが社会の秩序回復の近道で有ることに気付き、茶の湯政道と称して、部下にも将士にも茶の湯を学ぶ事を奨励しました。信長は武(ブ)略(リヤク)一辺倒の反面、数寄大名足らん事を心掛けていたようです。又、重商主義政策を実施する立場から、堺の町を直接支配下に入れ、堺衆の今井宗久、津田宗及、千利休を御(オ)茶(サ)頭(ドウ)として召抱え、安土城内に茶屋を建て、京都に上洛すれば相国寺、妙光寺、妙覚寺などで盛んに茶会を催して、自ら茶を点てゝ振る舞ったそうです。家臣の内で特に戦功の著しい者に名物茶器を賞与とし、茶会を開く事を許可しました。許可されぬ者は茶会を開く事が出来ません。信長配下の武将、柴田勝家、ニワ丹波長秀、佐久間正勝、明智光秀等は恩賜の太刀の他、名物茶器を与えられました。秀吉も播州攻略の功労で、朝倉(アサクラ)肩衝(カタツキ)、茶入他七品を下賜(カシ)され、茶会を開くことが許可されました。その時の、秀吉感激の手紙が残っています。
天正元年(1573年)夏、宇治の槇島(マキシマ)城に籠もって、信長に反旗を翻した十五代将軍義昭が、逆に信長に攻められて、名実ともに室町幕府は滅亡しました。この時信長に宇治の町並みは焼き払らわれ、室町幕府の直接、間接の庇護を受けていた宇治の有力者、即ち茶作りの匠達は戦乱に巻き込まれ各地を流浪する事になりました。
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クリエイト静座会を開催しましたので報告いたします。


        記

日時:平成30年5月6日(日)午前9時30分~11時30分

場所:八王子クリエイトホール9階和室

内容:静座3炷香(25分×3)

参加者:一般の方 5名  会員 臼杵 栗原

概況:
・今回は新到の方は女性1名でした。
・静座終了後の談笑では、宗應居士在住の深谷市の話から渋沢栄一の話になりました。同翁の昔日の活躍の話で盛り上がりました。

合掌  道活 拝
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 人々を導いてゆくような偉大な修行者、宗教者、人格者の言葉を見ると、誰しもが徹底的に己に対して謙虚であるように感じます。十分立派な大人物じゃないか、と感じるのに、決してえばらず、どこまでもどこまでも自分を磨いているような人が多いです。
 どうして立派な先人は謙虚でえばらないのでしょう。内村鑑三の文章にその一つのヒントをみつけました。
 「罪はこれを見留めざるべからず(認めなくてはならない)。されども、これを見つむべからず。(中略)罪を見留めずして、その中(罪の中)に死する者多し。罪を見つめて、その殺すところとなるもの(自分の罪に堪えきれず死んでしまうもの)少なからず、悔悛は悔いなき救いを得しむるの悔悛ならざるべからず。死にいたらしむ悔悛なるべからず(悔い改めることは罪からの救いを得させるものでなくてはならず、過度な悔い改めによって自分を死にいたらしめてしまうものであってはならない)。」[()内はブログ執筆者の注釈。]
 と内村鑑三は言っています。(『現代日本思想体系5,内村鑑三』(亀井勝一郎編)1963年初版.p.380,「罪の処分」より引用)。
 人は自分の罪を認めなくてはいけないが、決してそれを見つめ過ぎてはいけない。そして自分の罪を認め、しかしそれを見つめすぎることはなく、それでいて自分の罪を悔い改める者は罪からの救いを得るのだ。内村鑑三はそう言っています。
 自己中心的な考えで人を傷つけたり、わがままを言ったり、無責任であったり、そうした罪は根深くて、なかなか抜け出せるとは思えないときがあります。人それぞれ、変えたいのだけれどなかなか変えられない自分や行為があると思います。それをあんまりじっと見つめすぎると、かえって身動きがとれず、絶望的になってしまいます。
 内村鑑三は、そのように罪を見つめすぎることに注意をなげかけつつ、変えられないもんは仕方がないじゃないか、と罪から目を背けることもしません。罪を適切に見留めることによって、罪からの救いを求めるのです。繊細で難しいあり方ですが、一つの生き方としてとても参考になります。
 内村鑑三が念頭においているのは新約聖書の「コリント後書,第7章の10」からです。これも引用します。

「それ神にしたがう憂は、悔なきの救を得るの悔改を生じ、世の憂は死を生ず。視よ、汝らが神に従ひて憂ひしことは、いかばかりのはげみ・弁明・いきどほり・おそれ・愛慕・熱心・罪を責むる心などを汝らのなかに生じたりしかを。」(『文語訳新約聖書詩篇付』岩波文庫,p.409より引用)
 神に従って憂うことは、一神教を信仰しない人にとっては、自分の罪・悪行を認めることといって良いでしょう。
自分の内の罪・悪行・わがままを認めることは、様々なものを私たちのなかに生み出します。その中にはおそれや弁明だけでなく、熱心さ、罪を責める心、励みもあります。つまり罪を認めること、謙虚であることは、そんな罪を少しでも抑え、恥ずかしくない人間を目指していくためのエネルギー、向上心、力の源ともなるのです。
 立派な先人たちが謙虚であった理由の一つがここにあるように思います。
 謙虚であり、自分はまだまだだと感じることは、そんな自分を少しでもマシにしようと更に自分に磨きをかけていく努力を生みます。先人たちは自己の内の罪を見留め、至らぬ自己を恥じるからこそ、さらなる精進を続けていく向上心をもっているのでしょう。
 しかし同時に内村鑑三の言うように、罪をあんまりに見つめすぎることは自分に対する絶望を生む危険があります。かといって目を背けてはいけない。
自分の中に認めたくない、嫌なところがあることを見留めつつ、それに引きずり込まれずに、むしろそれを力の源として精進する。本当に難しいことだと思います。
 私も座禅の修行者として、まずは自分が日々重ねているわがままや怠け癖を認めること、ちゃんと反省することから、始めていきたいと思います。お読みいただきありがとうございました。

合掌 古江龍巌 九拝
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アメリカはグランドキャニオンやザイオンなど、冒険のおもいっきり楽しい場所を回った。
日本人はどうしてもツアー客ばかりだ。それは正直もったいない。
ザイオンで川を登る遊びがある。ツアーはその入り口までくるけど、濡れて実際に登っていくのはこれからだ。
日本人は登っていくべきだ。毎日仕事を遅くまでしている意味はどうしてなの?自分もそこから先に行って本当に遊ぶのに
最近慣れてなかった。アメリカのアリゾナは広い、北海道の100倍くらいは広い。広く何もないこといがアメリカ人の
安心となり、パワーだ。土地にはパワーがある。空間にも。
禅ってそういうものでしょ、本来。無にはパワーみなぎっているんだよ。躊躇なしにそのパワーをつかみ取り、味わって人生をおえたいね。
アメリカ人は、禅以前にその空間にそもそも居て、元々パワーあるんだよね。体も違う歩き続ける体格だよ。アメリカ開拓時代があったけど
DNAに刻まれているね。じゃ日本人どうなのってことになるけど、日本は世界一のおもてなし国だわ、良い意味で。
アメリカ人は他人に関心をそれほど向けていない気がする。
アジア人は自分が可愛いと感じているのかな?でもある意味
村社会なんだよね、自分で窮屈にして、型にはまってしまっている。
こんな奴隷のような生き方は今後自分はもうしたくないと思った。
それにはやっぱり業と言われる修行が必要なんだな。あっという間に世間に飲み込まれちまう。
100人中自分一人でNOと言わなくてはならない。今までの日本人でいては自己実現は不可能に近い。
自分を解放し、早く自分に納得しそれでこそ他人に対して優しくなり日本人らしさもできるものだ。
伝統やしきたりで、腐った空洞の木になっちゃっているんだよ、また一から順に人作りをしていくしか
この国に道はない。あたりまえだけど、アメリカ旅行をしてきたからやっと見えてきた。
時には解放して、遊んでこないと。
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参加者
一般の方 13名(新しくいらした方 6名)
会員 片野石仏 古江龍巖 加藤紫光

 21日の土曜静座会は、いつも行われる禅東院・普門殿が音楽会が開かれ、静座は本堂で行われました。音楽会は満員の盛況でしたが、静座会も新しい方が6名いらっしゃり(内、女性5名)、一般の方が13名と、多くの方が参加されました。本堂の場合は、都合で茶話会ができず、皆さんのお話も聴けず、残念でした。これからも引き続き静座会に足を運んでくだされば嬉しいです。八王子静座会の若手のホープ、古江龍巖さんが6名の新しい方に座禅の仕方を前半45分指導され、後半45分は皆さん、座相も良くこれから家でも取り組まれればと思いました。
 土曜静座会は、4月28日は通常通り、5月5日はお休み、そして、5月12日は八王子担当師家であられる鸞膠庵老師がお見えになり、13日早朝まで一泊参禅会があります。12日は、2時半から希望されれば座禅でき、7時までみっちり座禅できます。出入り自由です。その後、夕食会を兼ねた懇談会がありますので、ご希望の方は参加できます。一泊されて、翌日朝も座禅できます。この機会に是非、本格的に禅に触れてみませんか。
暑くなったり寒くなったりと忙しい毎日ですね。
八王子座禅会の古江です。
八王子座禅会の今後の予定をご案内します。


【GW中の5月5日(土曜日)休会】
GW中の5月5日(土曜日)の座禅会は、座禅会メンバーが別の大きな座禅の行事に参加していておりませんので、休会となります。
申し訳ありません。よろしくお願い致します。


【5月12,13日(土日)、一泊参禅会】
新しい行事です。5月12日から13日にかけて、一泊できる参禅会を開催します。
長い時間しっかり座りつつ、希望する方は参禅(老師との禅問答)や、本格の修行を始めている方と座禅の修行の話をしたりすることができます。
一泊で長い時間座禅をしてみたいという方、摂心会修行はハードルが高いけど、毎週の座禅会よりもすこし本格的な修行を体験してみたい方などにおすすめです。
また、普段の土曜静座会が終わった19時過ぎからは、これまで水曜日に行っていた夜話会(懇親会)がございますので、そちらだけでもご参加いただけたらと思います。
 いつものように、ご都合の合う時間だけの部分参加も歓迎しております。
【スケジュール】
●12日 土曜日
14:30 座禅
16:00 参禅1(参禅されない方は通常の座禅)
17:00 座禅
18:30 参禅2(参禅されない方は通常の座禅)
19:15 夜話会(夕食懇談会)
      片付け・随時就寝
●13日 日曜日
 5:00 起床
 5:15 座禅
 7:30 参禅3(参禅されない方は通常の座禅)
 8:00 朝食・片付け
 9:00 解散
(今後の一泊参禅会の予定、6月23,24日(土日)/8月11,12日(土日)/11月10,11日(土日))

【5月19日(土)、15時から座れます】
5月19日(土)はいつもの土曜静静座会よりも2時間早い15時から、19時半過ぎまで、4セット座禅が座れます。長く座りたい方はどうぞご活用ください。


【今後の摂心会修行のお知らせ】
今年度の摂心会修行の予定です。
7月14日(土)から22日(土)まで。(一週間の摂心)
10月3日(水)から7日(日)まで。
12月5日(水)から9日(日)まで。
1月30日(水)から2月3日(日)まで。
摂心会修行では、本格の修行を始めている方が5日間お寺に宿泊し、仕事や学業、主婦業等を無理なく両立させながら修行をしています。
この5日間はいつでも修行しているものがいますので、お時間のあるときに部分的に参加することができます。食事や宿泊も可能です。
参禅はせずに、座禅だけの参加も大歓迎です。最近の摂心では座禅だけ参加される方も増えてきました。 摂心期間中いつでも座禅をすることができますので、普段の静坐会のような坐禅を毎日することができます。 また坐禅にも慣れてきて、参禅などの本格的な修行に興味があるという方も、老師がいらっしゃる貴重な機会に是非ご参加下さい。本格的な修行の雰囲気を味わうことができます。 摂心会期間中は、禅を極められた方である老師がお寺にいらっしゃいますので、老師や長年修行されている方から、座禅ついてのお話しを聞くことができます。
スケジュールの詳細はホームページに載っております。

食事や宿泊などをされる場合は、準備いたしますので、
[hachioji.zazen@gmail.com]までご連絡下さい。
摂心に参加している知り合いの方に個人的に連絡をして伝えて頂いても良いです。当日の連絡でも構いません。

【※横浜近辺にお住まいの方は横浜地区でも座禅会を開催しております。「人間禅 横浜座禅会」でホームページを見る事ができます。】

みなさま座禅をご一緒できますのを楽しみにしております。
合掌 八王子座禅会 古江 龍巖 
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クリエイト静座会を開催しましたので報告いたします。


       記

日時:平成30年4月15日(日)午前9時30分~11時30分

場所:八王子クリエイトホール9階和室

内容:静座3炷香(25分×3)、輪読

参加者:一般の方 4名
会員 古江、栗原

概況:
・今回は新到の方はいませんでした。
・輪読は原点に戻り「数息観のすすめ」読むことにいたしました。今回は1~10ページのイントロ部分を読みました。数息観の効果についていろんな実例を挙げて述べられています。参加者は4名でした。


合掌  道活 拝
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 武野紹鴎は武野系図によると、若狭の守護大名武田の後裔(コウエイ)だということです。若狭の武田氏は甲斐の武田の分かれで、紹鴎の祖父は武田仲清(ナカキヨ)といい、応仁の大乱の時に戦死。父の信久(ノブヒサ)は諸国を流浪した挙げ句、和泉の堺に移住して、姓を武野と改めました。武具に使う皮革業を営み、一代にして財を積みました。信久の子仲村(ナカムラ)が紹鴎です。当時の最高権力者であった三好家と結んでその商売が発展し、仲村は京に上って様々な教養を身に付け、その頃衰微していた朝廷に献金し従五位下因幡(インバノ)守(カミ)に叙任されたと言われています。「山上(ヤマノウエ)宗二(ソウジ)記」によれば、紹鴎は連歌師だったと言いますから、連歌に長じた歌人だったのでしょう。茶道を下京の藤田宗理(ソウリ)及び十四屋宗悟・宗陳に修めました。三条西実隆公から、和歌は稽古と作意の二つが大切だと、藤原定家の「詠歌大概之序」の講説を受けた時力説されて、和歌や連歌ばかりでなく茶の湯の修行をする場合にも大切で、稽古と作意この両方を兼ね行なわなければ駄目だと悟りました。享禄五年(1532年)三十一才で頭を剃り紹鴎と号するようになりました。紹鴎は三十八才で武野家を相続し、巨万の財産を引き継ぎました。翌年三十九才の時、友人北向道陳の紹介で納屋衆の魚(トト)屋(ヤ)田中與兵衛の子、與四郎を弟子にしています。これが後の千の宗易、つまり利休でした。與四郎この時十九才でした。紹鴎は四十八才の時、堺の南宗寺の住職大林(タイリン)宗(シユウ)套(トウ)から一閑(イツカン)居士の号を授けられます。晩年住居を大黒(ダイコク)庵(アン)と号し、茶会を度々開いています。弘治元年(1555年)十月二十九日五十四才で病死します。
 紹鴎が、弟子の利休に与えた茶の秘伝書に「侘びの文」があります。それには、「侘びという言葉は古人もいろいろ歌にエイ詠じたけれども近くは正直につゝしみ深くおごらぬさまを侘びという。一年のうち十月こそ侘びなれ。」と述べられています。
珠光の孫弟子の紹鴎の時代になりますと、茶の湯の好みが日本化して、柔らかいものになりました。珠光までは床掛(トコガケ)は唐絵か墨跡に決まっていましたが、紹鴎の目利きにより、定家の美しい仮名書、百人一首の「八重(ヤエ)葎(ムグラ)しげれる宿のさみしさに人こそ見えね秋は来にけり」など、床掛として認められました。民間の日用雑器の一つ種壺(タネツボ)を水指に応用したのが信楽水指だそうです。素朴で侘びしい、そこが紹鴎の茶の好みにマッチしたのでしょう。棗(ナツメ)を考案したのもおそらく紹鴎であろうとされています。盛阿弥は天下一の棗師といわれます。紹鴎がこれら名人に指図して作らせた棗は主に黒漆塗りの大棗でした。これを少し小形にしたのが、利休好みの黒棗です。
 茶杓については、珠光は象牙から形をとった竹の節ナシ、紹鴎は元節、利休は中節といわれます。山上宗二記によりますと、紹鴎は六十種の名物(唐物)茶道具を所持したといわれます。彼が、巨万の富を誇る堺の分限者であったからでしょうが、その頃の茶の湯の名人としての資格の一つは唐物所持です。一品でも持たねば成りません。紹鴎の門弟は、その息子の武野宗瓦を初めとして、津田宗及(ソウキユウ)、今井宗久(ソウキユウ)、千宗易、数寄屋大名三好宗三(ソウゾウ)、松永弾正(ダンジヨウ)などで、概して堺の町人階級が多いようです。私達は茶道の開祖は珠光、中興の祖は紹鴎、教祖といえば利休としています。
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クリエイト静座会を開催しましたので報告いたします。

        記

日時:平成30年4月1日(日)午前9時30分~11時30分

場所:八王子クリエイトホール9階和室

内容:静座3炷香(25分×3)

参加者:一般の方 5名
会員 臼杵、片野、栗原

概況:
・今回は新到の方はいませんでした。
・静座の後、お茶を飲みながら談笑しました。生麦事件から始まって、地球温暖化の問題、本能寺の変といろいろな話に及びました。

合掌  道活 拝
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