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クリエイト静座会の開催報告をいたします。

      記

日時:平成29年10月1日(日)午前9時30分~11時30分

場所:八王子クリエイトホール9階和室

内容:静座3炷香(25分×3)

参加者:一般の方 9名  会員 臼杵、栗原

概況:
・今回は4名の新到者がありました。3名は50台のご夫妻と息子さんで東大和市からの参加でした。もうひとかたは40台の男性で八王子在住の方でした。
・今回の3名の方はホームページを見てきたそうです。現在の広報はホームページとクリエイトホールでのチラシで行っていますが、このところホームページの効果が現れてきたことを実感しております。
合掌  道活 拝
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あくせく働く現代において、「何もしない」人はほぼほぼ存在しない。電車の中においては様々な動作をする人に溢れている。眠る人、スマホ病者になっている人、化粧をする人、新聞を読む人、おしゃべりに興じる人、ぽーっとしている人等々…。人間、「何か」をしていないと、気が済まない。  しかし、本当にそうだろうか?呼吸一つ吐いてみる。身体の重心(「立っている」という感覚)、荷の重さ、目に映る景色、匂い、周囲の雰囲気…。どれだけ人は「環境」を感じ取っているだろうか?
 いつ何時も「何か」「何か」「何か」に追われていると、毒がじわじわ効くように段々思考も蝕まれてくる。同じことしか考えられない。偏った考えをしてしまう。偏見人の誕生だ!
 逆に、常に「自分の感覚」を見つめる人は、考えの花束がいっぱいある。余裕をもって幅広く考えられる。しかし、それが出来る人は限られる。
今、自分が「いる」ことを一つ一つ味わうことが出来なければ、「何か」にずっと追われ続ける。あれがしたい、これがしたいと囚われて、満足するということがない。「何か」と鼬ごっこだ。
坐禅をすれば、「今」を味わえるけれども、坐禅をしている時に限られてしまう。坐禅をしていない平常の時を過ごしても、「今」を味わい続けるー…。これは、全ての禅者の目指すべき境地なのかもしれない。そんなことを徒然思う今日この頃。
二〇一七年長月 翠珠記ス
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  記

日時:平成29年9月17日(日)午前9時30分~11時30分

場所:八王子クリエイトホール9階和室

内容:静座3炷香(25分×3)、輪読

参加者:一般の方 4名  会員 臼杵、栗原

概況:
・今回は1名の新到者がありました。八王子の60代の男性でした。

・輪読は道元禅師の普勧坐禅儀の天福本の中の3つの文章についての井上貫道老師の講義録でした。言わんとすることは、座禅について、①疑義の解決に思慮分別を使ったり、詮索するのは座禅にならない。②念が発生した時自覚すればなくなる。③いくつかの座禅の効用、でした。
合掌  道活 拝
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【参加者】:9名
  《会員》2名:大愚 龍巌
《一般》6名
《新到者》1名

【内容】
すこし蒸し暑いなかでの坐禅となりました。
 お庭には赤い彼岸花が立っています。
 茶話会では、前日八王子に現れた大きな二重の虹が話題になりました。
 また武道の修行をされている方が、坐禅を通して重心を身体の下の方に意識するということを武道に取り入れ、自分が攻撃を意識をするまえに先手を打って相手を出し抜くことができるようになったと仰っていました。坐禅の修行はその他の活動にも良い影響を与えるとよく言われます。僕も集中力が増したと思います。  ヨガの修行を普段されている方も新しくいらっしゃいました。坐禅の説明をすると、ヨガの師匠が言っていたことと同じだ、と感激していらっしゃいました。
禅で毎日の日常生活で雑念を交えず、そのときそのときにやっていることに全力で集中する、家事三昧、仕事三昧、勉学三昧、歩き三昧を目指そうということと同じように、ヨガでも瞑想的な日常生活を送れと言われることがあるそうです。
こちらの坐禅会の魅力の1つには、いろいろな分野の方がいらしって興味深いお話しが聞けるということもあると感じています。

合掌 古江龍巌 
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【参加者】:12名
  《会員》6名:如法 大愚 紫光 石仏 海月 龍巌
《一般》3名
《新到者》3名

【内容】
普段土曜静坐会は17時からの開始ですが、今回は15時から始め、そのまま一泊して早朝も坐禅のできる一泊静坐会を初めて開催させて頂きました。
ニ柱香(45分×2セット)の静坐会よりももっと長く坐ってみたいという方や、摂心会(二ヶ月に一回、5日間の修行)へ参加するのはハードルが高いけどもっと坐ってみたいという方などにお役立て頂ければと思っています。夜のお寺で坐ってみたいという方にもおすすめです。
参加していただいたみなさま、ありがとうございました。
今回はとても気持ちよく坐禅のできる天候でした。秋の虫の声が聞こえます。
僕は頭が冴えていて気持ちが良かったので夜中も眠くなるまで坐禅をしました。けれども悪い夢を見てしまって何度か目が覚めました。
何度目かにゆっくりと悪夢から浮き上がって行ったとき、そこには高い堂内の天井があり、虫の鳴き声が聞こえ風が堂内を流れかつ溜まり、風に揺れる木の影がちらちらとし、暗闇がそこかしこにじっとしていることが感じられました。それで心の底から安心しました。夢の中の世界とは違い、世界が濃厚に生きているという感じがしました。世界がどっしりとした重みをもって、僕の前に佇んでおりました。 坐禅を始めてからこうしたことをじっくりと味わえるようになったと僕は思っています。未来のことや心配事、不安が存在しないひとときと言えるかもしれません。
ぜひみなさまもご一緒に坐禅を致しましょう。

合掌 古江龍巌 
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クリエイト静座会の開催報告をいたします。

      記

日時:平成29年9月3日(日)午前9時30分~11時30分

場所:八王子クリエイトホール9階和室

内容:静座3炷香(25分×3)

参加者:一般の方 5名  会員 片野、栗原

概況:
・今回は1名の新到者がありました。
・従来の第三日曜日に加えて、7月から第一日曜日の開催を始め、今回で3回目となりました。当初は懸念がありましたが静座会のニーズはあると感じました。今後も月2回を静座の場の提供を続けていきたいと思います。
合掌  道活 拝
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参加者 5名
一般の方 3名
会員 片野石仏 加藤紫光

先週初めて参加された男性の方が再び来られ良かったのですが、参加者5名と少し寂しい静座会でした。
虫の音の響く庭を前にして座り、9月に入り6時を過ぎるともう薄暗くなってきて、少し涼しくなり、秋の気配が感じられ、座禅に取り組むには好環境となってきたようです。 皆様も世の喧騒から離れ、静寂なお寺で呼吸を整え、座禅を組んでみてください。
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参加者 10名
一般の方 5名
新到の方 2名
会員 大石如法 松田大愚 加藤紫光

 今回は、新しい方、男性1名・女性1名のご参加でした。いつも静座会で使わせていただいている普門殿は、マリンバ演奏のリハーサルにお貸ししたため、静座は本堂で行われました。ここのところ暑い日が続きましたが、扇風機も使わせていただき、涼しい静座でした。
 マリンバのリハーサルとは、日本テレビの「24時間テレビ 愛は地球を救う」のフィナーレで演奏するものと聞きました。静座前半はずっと練習の音が聴こえてきました。後半前に住職の如法支部長から、マリンバのお話をお聞きし、「静座なのに特に新しい方は大変ですが・・・。」とのことでした。『おお、それではもっと聴き耳を立てよう』と思った(?!)ところ、静座の後半は音楽が絶え、 残念だったと(?!)。祭や学校の体育祭等と静座がぶつかる時もありますが、どんな環境の中にいても三昧になって座らなくては、と思いました。合掌
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クリエイト静座会の開催報告をいたします。

      記

日時:平成29年8月20日(日)午前9時30分~12時00分

場所:八王子クリエイトホール9階和室

内容:静座3炷香(25分×3)、輪読

参加者:一般の方 8名 会員 小田、片野、古江、栗原(以上12名)

コメント:
・Wさんと中学生の息子さんが初めて参加されました。座禅が初めてという事でしたがしっかり座って帰りました。再来を期待しています。
・輪読は前2回が座り方・数息観のやり方でしたので、今回は座禅とはどういうものかという書き物を読みました。具体的「現代坐禅講義」(藤田一照著)の冒頭の部分を読みました。 ・会員の小田海月居士が参加し、助警をしてくれました。海月居士の警策はゆっくり優しく語り掛けるような警策で初参加のWさん父子も自ら進んで受けていました。
合掌  道活拝
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【参加者】:7名
  《会員》3名:如法 石仏 龍巌
  《一般》3名
《新到者》1名

【内容】
坐禅中、突然にザーッ!という音がして、土砂降りの雨と雷が訪れました。初めての経験です。
近くに爆音を立てて落ちた一つの稲妻は、心の中もひとっ走りに打ち抜いてくれました。これが毎朝聞けたら毎日気合が入るのに、なんて思ってしまいますが、そんなことに頼っているようではまだまだ修行の道のりは険しいのかもしれません。 いずれにしても、記憶に残る静坐会となりました。
初めて参加された方もいらっしゃいました。災難続きでとても眠れない毎日を過ごされているようで、坐禅で何かが変わらないかと期待されて来られたようです。
坐禅は、短期的な解決をもたらすものではなく、毎日少しでも坐り続けることで自分の根っこの部分が少しずつ変わってゆくものであるとよく言われます。
僕自身も、ねじれにねじれまくった悩みに耐えかねて坐禅の修行をはじめましたが、続けているうちに気づけば理由のない、理屈のない安心感とでもいうべきものが芽生えていたように思います。
もちろん今でも不安や悩みに追い回されてしまうときもありますが、禅の修行を続けることがそれらに対して自分にできる最善の対応だ、と思えるようになってきました。
「これで良いのだ!」と、いつでも心の底から叫べるような禅者を目指して修行を続けていきたいと思います。

  合掌 古江龍巌 
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