東京・八王子で座禅の体験 人間禅 八王子禅道場 - ブログカテゴリのエントリ
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計画を立ててからは早い、約半年でその時をむかえた。実はセドナって地球のパワーがみなぎっている場所があるんだけど。。。
ヴォルテックスっていうんだよね、不思議な岩山なんだけど、パワースポットでもあり、スピリチュアルな所でもあり、アートな
世界なんだな。その3つはある意味同じものかもしらんね。
こんな忙しいデザイナーが、アメリカに2週間、普通行けない、行こうとは思わない。ただホンと死ぬ。死んでもいいやって思って
いたんだよね毎日。だからできた、この死ぬってこと、禅の時にやってる(た)。。。
やっぱり続けて17年ほどやっているから知らず知らずのうちに熟成してきた。なんとなく色々わかってきた。
こうしてチャレンジすることの意味、また人生をかけてやってきた仕事の意味、それらは本当に死ぬ者狂いでないと
わからない生きている意味が見えてくる。冒険をしてみよう!やったことのないことをしてみよう。って人生の醍醐味じゃないか。
じつは、創造できる未来ってそれほど面白くないんだよね。嘘でしょ!これ!みたいなとき、ぞくぞくする喜びが不安もあるけど
沸いてくる。今回の旅行はそんな旅行だった。車でアリゾナ州をまわった。これは経験を積んできたからこそできる旅行だ。
仕事も夜中に行う。アメリカのネットは遅い、日本に比べたら1/10だよ、日本は本当に地球の未来なんだよ。
実は世界中が注目し、期待している。先進国と言われる国でもこれほどテクノロジーが発展し、あるいは老齢化し、
未来を見せてくれている国はそうは無いんだな。我々は今かかえている日本の問題を国に頼らずに国民の力でどうにかし、
この行き詰まり感のある日本社会を作り変える必要があるんだ。もう時間はないよ。行って見えてくるものが沢山ある。
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八木誠一『イエス』   古江龍巖

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
八王子支部 2018/1/1 15:24
八木誠一という方が著された『イエス 人と思想7』(昭和43年、清水書院)を読んでいて、とても良い文章に出会えたので紹介します。

「自分の才能とか努力とか業績とかとは無関係に、まず深い意味で自分自身があるから、だから配慮の生が可能になるのではないか。(中略)実際そうなのである。そのことは、すがりつき、しがみつき追い求めていた目標から、それが達成できなければ自分の生の意味はないというような目標から、手を放してみればわかる。手を放したら、私はニヒルの底に落ちるだろうか。
事実はそうではない。そのときにはじめて私は立つのである。むしろ立てられるのである。それによって自分を立てようとしていたいっさいから手を放したとき、かえって自分が立つのである。自分に死んだとき、真の自己が生きるのだ。そのとき、今まで、これが自分だと思っていた自分がひとたび消え失せて、自分の手で立てたのではない自分、かえって「自分で」ということを可能にする自己が発見され、自覚される。
 これは自己の発見と言ってよい。自分の思いや計画や努力や所有や価値の実現や創造やに先だって、かえってこれらを可能にするような自分があることの発見だと言ってよい。配慮の営みに先だって自分がある。配慮の営みの主体(当体)は、大雑把に言えば意識的な自我である。しかしこのような自我が消滅したとき、より深い自己が発見され、確認される。これは否定すべからざる事実である。この発見の自覚の中には無限の自由と喜びと畏れがある。」(pp.116-117にかけて引用)
 多くの人は自分の価値とか目的とか評価とかのための配慮ばかりに明け暮れて、気づけばその配慮を自分の生それ自体であると勘違いしてしまう。そんな配慮の前に、まず自分自身は生きている、それが一番大事なことである、と八木誠一は言います。ただの人間であるイエスはただ人間の生き方を最も真実に生き、示した人であると考えます。(八木誠一さんはキリスト教とイエスの語ったイエスの宗教とは分けて考えなくてはならないと主張されています。)
 一番大切なことが何かを忘れてしまう、ときに気付いても、生活をしているうちにいつの間にか忘れてしまう。いろんなものが欲しくなっていろんなものを追っていくうちに、人を傷つけたり自分を傷つけたりしています。誠実に生きることは本当に難しく感じます。毎日毎日、何が大切なことなのかを確認しないと、時には全く訳のわからないことに執着していたりします。
 未熟な身なので自信を持って言うことはできませんが、坐禅をすることも、本当に大切なことは何かを確認する一つの助けになるのではないかと思います。坐禅の後は感覚が研ぎ澄まされるという経験を皆さまもよくお話しされているかと思います。坐禅の後は新鮮に世界を感じるように思います。生きているだけでも良いものだと思えるときもあります。
思い出話にはなりますが、初めて泊まり込みの摂心修行に参加した時、掃除の後自分の手を泡で洗っていると、その感覚が本当に気持ちよかったことに驚きました。何だか余計なことを考えなくても、幸せなのかもしれない、なんて思いました。晴天の下、ぽかぽか温まる体温を感じながらお寺の扉を雑巾で磨くだけでもなかなか良いもんだ、と思いました。

とは云え坐禅も悪い意味でだんだんと慣れていってしまうこともあるようで、いつでも初心に還って、一つ一つ大切に座りたいものであります。
2018年も皆さまご一緒に精進いたしましょう。
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クリエイト静座会の開催報告をいたします。

      記

日時:平成29年12月17日(日)午前9時30分~11時30分

場所:八王子クリエイトホール9階和室

内容:静座3炷香(25分×3)

参加者:一般の方 4名  会員 片野、古江、栗原

概況:
・今回は新到者1名の参加がありました。女性の方で八王子在住、過去に岡田式静座法を経験されたという方でした。余談ですが、岡田式静座法は1910年ころ日暮里のお寺で会を開催し、かなりの評判を得ていたとのことです。もしかして人間禅の前身両忘会と何らかの接触があったかもしれません。
・静座終了後、4名でお茶を飲み歓談をしました。最初は禅と茶道の話でしたが、その後お茶からコーヒーの話に移り、更に喫茶店の話に展開し、銀座や蒲田、更に八王子の名店の話で盛り上がりました。

合掌  道活 拝
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【参加者】:11名
  《会員》5名:如法 大愚 紫光 石仏 龍巌
《一般》6名:
【内容】
 今回は16時から45分×3セット坐禅をしてから、忘年会を行いました。
もうすっかり寒くなり、ストーブを点けて厚着をして、みなさま坐っておられます。
坐禅をしている間に気づけば暗くなっています。
坐禅後は参加者全員で協力して食事の準備ができました。
忘年会ではおでんとパンなどを食べながら、お酒を頂きました。
ロッキーやゴジラなどの古い映画の話で盛り上がりました。みなさん映画がお好きなようです。
終わりの方では、一人ずつ一年を振り返りながら、来年は何をしたいかを語り合いました。
来年の静坐会では、各自の修行の具合について話し合いながら、同じ修行仲間として協力し合おうという話にもなりました。
忘年会の後は禅東院さまに宿泊し、朝6時から坐禅、9時半からはクリエイトホールでの静坐会に参加しました。
 たくさん坐禅ができ、本当の自分が帰ってきたような気分になりました。
月一回程度、一泊できる坐禅会も企画しておりますので、みなさまもどうぞご参加下さい。
坐禅をしている間に少しずつ朝日が昇り、明るく、暖かくなっていくのはとても気持ちが良いです。
今年も終わりが近付いて参りました。
少しでも充実した一年になるよう、頑張りましょう。

合掌 古江龍巌 
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クリエイト静座会の開催報告をいたします。

      記

日時:平成29年12月3日(日)午前9時30分~11時00分

場所:八王子クリエイトホール9階和室

内容:静座3炷香(25分×3)

参加者:一般の方 7名  会員 栗原

概況:
・今回は摂心中でしたが、参加者のニーズを考えて開催しましたところ7名の参加がありました。いずれもリピーターの方々でした。月2回の開催も少しずつ浸透してきた感があり、何とか継続したいと考えております。

合掌  道活 拝
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まあ、長くつらつらと述べてきたんだけど、それから数年は仕事で色々試してみたよ。人と組んだり、意外なものをやったりとどんどん人脈が広がった。
今もそうだけど、かなり忙しいけど社会が見えてきたんだよね。そうしているうち自分が蜘蛛の巣にかかったように身動きできないことに対して
窮屈さを感じはじめたんだ。息子はまだ学校で数百万かかるよ、女房も実は病気で何十万も毎月かかる。
なんか人生に相当疲れてる。息抜きしようにもガチガチになってきちゃう。
俺、大学の時あんなに自由な世間知らずのバンドマンがこんなことになってる。
実は最初の会社を辞めた時、以前からアメリカ行きたかったんだよねって、1ヵ月かけてアメリカ東部を駆け回ってきた。
それは楽しくて、楽しくて、アメリカ人と友達になって、ブルースの聖地を回ってきたんだよね。
そんな思いでもある。もう一度自分、子供のころから「そうだグランドキャニオン」の景色見たかったんだよな。
とんでもなくデカイ、霞むような地球のひろさ感じたかったんだよな。
夢が膨らんできた。自分の最後のワガママ、これやってから死のうっておもったんだよね。
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 先月、大学の学園祭に出向いた時のこと。現五葉会をまとめる後輩の一人から聞いた言葉である。後輩の彼は言葉に詰まったらしい。禅と茶道の五葉会。コアは禅である。汝、何故「坐禅」をするか?
 坐禅が当然のように生活の一部となっている身としては、ちょっと考えさせられる疑問ではある。しかし、世間の人にとっての坐禅のイメージは「足が痛くなるだけ」・「警策でブッ叩かれる」・「禁欲的」…。どちらかと言うと、大いに負のイメージが強い。だからこそ、「我こそ先に!」と坐禅をする私達の存在は不思議そのものなのかもしれない。
現時点の私なりの回答をすると、「自分を見つめ直せる故、我は坐禅をする」。この一言に尽きる。延いては「一日一日の一つ一つが大事になり、味わえるようになる」。没頭していると、自分が「今」「どんな状況」なのか自分でも分からなくなる。摂心に立ち返るとよく分かる。漫然と日々を過ごしている状態で摂心に参加すると、実によく引き締められる。いわば、スーパー〇イタ人になれた心地がする。摂心が過ぎた数週間はきびきび・朝早起きである。しかし、数週間後はだんだん漫然化してくる。残念なことに少しずつ漫然化していることに自身は気付かないのである。そして再びの摂心で気付かされ、また引き締められる。…この繰り返しだ。だからこそ、あれがしたい・これがしたいの欲ばかりが消えない。それができないと、ストレスの一つとして毒が溜まっていく。あれがしたい・これがしたいに囚われて、結局本質を見誤ってしまう。全くどうしようもない。 坐禅はそうした状態になるのを寸前で止めてくれる。私なぞはまだまだ若輩者なので、止めきれていないような気がするが。
「知足」という言葉がある。つまり、「足るを知る」ということ。自分がもともと恵まれた環境にいて、「あれがしたい・これがしたい」をそれほどする必要がないことを再認識する。一朝一夕で身に着くことではないから、長い人生の目標ではある。
 しかしまぁ、禅をする方々は人格が丸みを帯びて、可愛いくなる。これが禅の不思議なところ。私の知る、禅者のおじぃ・おばぁの方々は大抵可愛い。たまに顔も真ん丸になっている。予備候補軍(今はおじぃ・おばぁに該当しない方々)も同じ道を辿ることが予想される!これは、荒い流れを越えに越え、尖った石が丸みを帯びるようなものなのかもしれない。
平成二十九年師走
 翠珠記ス
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【参加者】:11名
  《会員》3名:如法 大愚 龍巌
《一般》8名
《新到者》0名

【内容】
今回は静坐会を18時から19時半まで行ったあと、お食事とお酒を頂きながら懇親を深める夜話会を行いました。
坐禅のあとは五感がすーっと身体に入っていくようで、お食事も普段よりおいしく頂けます。
学生も僕を含めて三人参加しまして、世代をまたいで交流ができとても盛り上がりました。坐禅の話の他にも文学や哲学、漫画や仕事や、進路相談の話など、どれも変わった話ばかりで面白かったです。一緒に何かしらを求めて坐禅をしているということで、真剣な話もできるとても良い雰囲気があります。 坐禅にいらっしゃる方は何かを探求することがお好きなのかもしれません。いつも他ではなかなか得られない刺激を頂けます。
おでんやおつまみのあとはご住職の手打ちうどんを頂きました。皆さま想像以上に食事が豪華であったようで、驚いていました。
毎月一回程度、坐禅のあとに夜話会を企画しています。坐禅会にいらしたときにメールアドレスを教えて頂ければ、毎週の静坐会とは別の企画のご案内を送らせていただきますので、お申し付け下さい。

合掌 古江龍巌
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クリエイト静座会の開催報告をいたします。

      記

日時:平成29年11月19日(日)午前9時30分~11時00分

場所:八王子クリエイトホール9階和室

内容:静座3炷香(25分×3)

参加者:一般の方 4名  会員 臼杵、栗原

概況:
・今回は一般参加者4名、常連の方々でした。新到者はゼロでした。
・輪読は芳賀老師の禅入門を読む予定でしたが参加者ゼロでしたので、資料だけ配布しました。

合掌  道活 拝
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【参加者】:17名
  《一般》11名
《会員》如法 大愚 石仏 紫光 善宝 龍巌
《新到者》0名:

【内容】
今回は非常に多くの方にご参加頂きました。ありがとうございました。
 大人数で坐禅をしていますと、自分も頑張らなくちゃと思える気が致します。
 7人の方は15時から19時ごろまで、4炷香坐られていました。
 初めてこんなに長く坐ったと言われていた方もいましたが、「無理かと思っていたけど意外と坐れたので良かった」とおっしゃっていました。
 19時までの静坐会の後は、時間のある方7人でお寿司弁当とビールを頂きながら歓談しました。一人ひとり禅に興味を持ったきっかけやこれまでの人生等の少し踏み込んだ話ができました。
 みなさま変わった経歴をお持ちの方々で、すこしでも自分に納得がいくような生活を求めて工夫されてきたんだなあと感じました。
「欽ちゃんがあの歳で大学に入学したように、本当は色々なことができるはずなのになかなか一歩を踏み出そうとしないで、他人のせいにしてしまう」という話もありまして、自分も反省できました。
 その後は1炷香坐ってから銭湯でのんびりしました。長めに坐ってすこし固くなった身体でお風呂に入るのは最高です。
 5人でお寺に一泊しまして、5時45分起床、6時から2炷香坐りました。その後近くのカフェで朝食を食べた後、もう少し坐っていきたいとの要望がありましたので、解散時間を延長させて頂いて、2炷香坐りました。
 最後の1炷香は秋晴れの陽気でしたので外で坐りました。坐禅を終えて目に入ってくる庭園を見ると、天国にいるような気分で、幸せでした。
 また12月にも一泊静坐会を計画しておりますので、どうぞお気軽にご参加ください。部分参加も歓迎しております。

  合掌 古江龍巌 
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