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「静坐による瞑想は仏教における基本的な修行法であり、坐禅の実践は禅宗に限られたものではない。」
「禅宗で最も重要なのは、釈尊の悟った真理を寸分違わず師匠から受け継ぎ、弟子に伝えて行くことである。但し悟道体験によって得られる真理は“不立文字”であって論理的な思考や言葉によって得られるものではない。釈尊は悟道してから涅槃に入るまでの49年間、数多くの教典を説いたとされるが、禅宗では“49年、一字不説”を主張しており論理を超えた“教外別伝”との立場をとり、真理の授受は悟道による“以心伝心”によってのみ可能としており、悟道した師匠の心にしか存在しないのである。ここに禅宗独自の伝灯の系譜が出来上がる必然性があった。」

・『禅』はインドでは28人に相承され、28代・菩提達磨が中国に禅を伝え、法を嗣いだ慧可から六祖慧能を経て、唐末から宗代にかけて展開する。その後、元代~明代初期(鎌倉~室町時代)、さらに明代末期~清代初期(江戸時代初期)に禅門が中国で最も隆盛を誇った時代であった。一方日本には、天智天皇の時代に、道昭が三蔵法師に学んで帰国し、奈良に日本最初の禅堂を建立する。その後平安末期から鎌倉時代に、栄西、道元等が中国に渡って学び臨済宗、曹洞宗として日本に伝える。また江戸時代には、中国、当時の明より隠元が来朝し、黄蘗宗を伝えるなどして日本で独自の発展をする。一方中国では清朝に入って禅宗は一時栄えたが、5代乾隆帝の時代に粛清を受け中国禅宗は去勢された。

・釈尊(紀元前500年頃):釈迦族の王子であった釈尊(ゴーダマシッダールダ)が菩提樹の下に坐して12月8日に明けの明星を見て悟道。
・摩訶迦葉(第1祖):禅宗における最初の師こそが釈尊であり、釈尊が弟子に対して行った伝法が「拈華微笑」と言う公案(無門関6)。ある日釈尊は弟子たちの前で華を手で持って差し出すが、仏弟子たちが訝る中、なぜか、これを見た摩訶迦葉(マカカショウ)だけが一人にっこりと微笑み、この瞬間釈尊の心から摩訶迦葉の心に正法が直に伝えられ、釈尊に印可されたと言う。これは心から心に直接伝えられると言うことから「不立文字」「以心伝心」などと形容された。ここから禅の伝灯が始まった。
・西天四七、東土二三:釈尊以後の禅宗の系譜はインドで28代、中国で6代続いたされる。
・菩提達磨:中国に禅を伝えた菩提達磨がインドにおける第28祖であり、中国での第1祖となる。520年頃、南インドの達磨は師の命を受け、中国に渡り中国の僧、慧可に法を伝える。
達磨は中国に来て最初に梁の武帝と対面した。その際の問答が「廓然無聖」さらに「不識」「無功徳」が知られる。武帝との対面が物別れに終わった達磨は長江を渡って北上し少林寺に入る。その際一葉の蘆に乗って長江を渡ったと伝説がある。少林寺に入った達磨は一言も口をきかず
黙ったまま九年間、壁に向かって坐禅し続けた。人は達磨を「壁間の婆羅門」と呼んだ<面壁九年>
・面壁坐禅:現在、日本では曹洞宗、臨済宗、黄檗宗の3派の禅宗があり、曹洞宗は面壁坐禅であり、臨済、黄蘗宗は壁に向かない坐禅で対面坐禅と呼ばれている。釈迦は菩提樹の下で坐禅して悟りを開いたとされるが、勿論菩提樹の前には壁はなかった。それでは何故壁に向かうようになったのか。達磨の「壁観」を「面壁」と称すようになり、禅僧の坐禅を指すものとして用いられるようになったらしい。曹洞宗の道元は中国に留学中は面壁坐禅をし、現在の曹洞宗はそれを受け継ぐ。当時は臨済宗の僧も面壁坐禅をしていたようであったが、黄蘗宗は面壁をしておらず、江戸時代になって臨済宗も黄檗宗の影響を受け対面坐禅へと変わった。
・二祖・慧可:中国の僧、慧可が少林寺に達磨を尋ねて道を問うた。しかし達磨は黙ったまま取り合わなかった。そこで慧可は自らの左腕を刀で断ち切って求道の志を示した。慧可が自分の心が不安でたまらないので安らかにしてくれと訴えたところ、では、その安らかでない心をここに出してみよと求めた。慧可が不安な心はどこにも見つからなかったと答えると、達磨は言った、「ほれ、これで汝の心を安らかにし終わったぞ」この言葉で悟った慧可は達磨の法をついで東土の第二祖となった。
達磨から慧可に伝えられた法は、その後三祖僧璨、四祖道信、五祖弘忍、六祖慧能へと伝法が重ねられていった。
・六祖・慧能(唐、638~713):五祖は慧能に袈裟と鉢を授けて禅宗六祖とした。それから慧能を南方に逃し雌伏6年(676年)<六祖をめぐり、慧能と神秀の間で対立があった>、姿を現した慧能は院宗法師の涅槃経の講義を聞いた。夜になって一陣の風が吹き起こり、幡がはためいた。すると一人の僧が「幡が動いた」と言い、べつの僧が「いや、風が動いた」と言った。それを聞いた慧能が一言言った。「風が動いたのではない、幡が動いたのでもない。心が動いたのだ」これが有名な“風幡心動”の公案。
・六祖慧能の頃、645年には玄奘三蔵がインドより唐の長安に戻る。662年、道昭、唐で三蔵に学んで帰国し奈良に禅堂を建立する。日本の禅の初伝。(飛鳥時代)

参考資料;平凡社・日本のこころ239「禅宗入門」(2016)、NHKブックス35「禅―現代に生きるもの」紀野一義(1997)、講談社学術文庫「禅と日本文化」柳田聖山(1997)、『禅』誌2002~2016(多数)
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9月22日(土曜日)の18時から観月夜話会を行います。
ここ半年ほど行えていなかった夜話会が復活します。
これからはほぼ毎月、一泊集中座禅会と合わせて行いたいと思います。

また以前の夜話会のように、おいしい料理とお酒を頂きながら、八王子座禅会の個性的で面白いメンバーと自由にのんびり語り合いましょう。
毎週の座禅会では、他の参加者のみなさんとなかなかゆっくりとお話できる時間もないかと思います。
みなさんいろいろな想いや経歴を経て座禅会にいらしていて、他ではなかなか聞けない面白い話をたくさん聞くことができます。
座禅というつながりで、きっと良いご縁もできるのではないかと思います。
最近座禅会に来はじめたという方も、ぜひこの機会に座禅会メンバーと交流できたら嬉しいです。

中秋の名月の二日前ということで、今回は秋の風情と、きれいなお月さまを楽しむこともできるかと思います。
今回はすき焼き鍋にしたいと思います。アイデアも募集中です。
飛び入り参加、当日の持ち込みも大歓迎です。
事前の参加がわかっている方は、事前に言って頂けると食材の準備がしやすいので助かります。(座禅会のときに口頭で言って頂いても構いません)


また観月夜話会に合わせまして、一泊集中座禅会も開催します。
一泊集中座禅会は、参禅や作務などはせずにとにかく長く座り込むという会です。
できれば毎日、細く長く座ることも大切ですが、その一方で集中的に座禅に徹してみることも良い修行になります。
いつもより長く、集中して座りますと、次第に深く深く心が澄んで落ち着いて行きます。
座禅の効果は一日経つとだいぶ薄れてしまうと言われていますから、集中的に座ることでこれまでの限界を越えた心境を実感できるかもしれません。
毎週の2セットの座禅に慣れてきたという方、ぜひこの機会にチャレンジしてみてください。

土曜日の14時30分から、45分×4回ほど座禅をします。
日曜日は朝6時半から最長14時半ごろまで、座禅をします。
途中参加、途中休憩など、自由ですのでご自分のペースで少しでも長く座禅をしていただいたらと思います。
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【参加費】
座禅会のみ:一日300円
夜話会と座禅会:合計2000円(学生&主婦(夫)は1000円)
懇親会、座禅会、一泊:合計2000円(学生&主婦(夫)は1000円)

となります。
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【スケジュール】
●22日 土曜日
14:30 座禅開始(45分おきに休憩)
18:00 みんなで一緒に夜話会の準備
18:45ごろ 観月夜話会(夕食懇談会)
21:30 ごろ    片付け・銭湯・随時就寝

●23日 日曜日
 06:00 起床
 06:30 座禅開始(45分おきに休憩)
 09:30 朝食(当日のメンバーでどうするか相談。食費は各自)
 11:00ごろから座禅開始
 当日の様子を見て随時解散。
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次回の夜話会、一泊集中座禅会の日時は未定です。
老師がいらっしゃって参禅ができる一泊参禅会は、11月17,18日(土日)になります。(前回お送りしたメールでは日にちが間違っていました。ご確認下さい。)
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【今後の摂心会修行の日程】
摂心会修行も引き続き行っております。
10月3日(水)から7日(日)まで。
12月5日(水)から9日(日)まで。
1月30日(水)から2月3日(日)まで。
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秋の虫の鳴き声も聞こえ始めましたね。
もうひと踏ん張り、暑い夏を乗り切りましょう!
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みなさまと座禅をご一緒できますのを楽しみにしております。
合掌 八王子座禅会 古江 翼 
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 数年の後、茶作りの匠達は、近衛家の取りなしにより帰参を許され、宇治に帰り、再び茶業に励む事になりましたが、茶づくりの匠であっても、宇治の支配者、権力者では無くなりました。戦乱の宇治の町からやゝ離れた木幡の辺りに存在した森氏が信長より禄(ロク)を受けて、以後宇治茶業を代表する人物となりました。
そして、丹波の国上(カン)林(バヤシ)郷を本拠とした土豪上林氏の一族のうち製茶技術をもって宇治に移住した上林加賀守久重の一家が戦乱による宇治の実力者達の混乱に乗じて急速に台頭して、森家と肩を並べるようになりました。
当時、森家は信長から知行三百石を与えられておりました。上林家は天正五年以後百五十石を与えられ、両者共に「宇治お茶頭取(トウドリ)」の地位に在り、相(アイ)拮抗(キツコウ)しました。信長と秀吉の時代、宇治茶業界を支配したのは森、上林の両家でした。森氏は家康の時代になって「お茶の間違い」を起こし、知行を召し上げられて没落しました。
 将軍家の飲用する碾茶(ヒキチヤ)は以前から白色がかったように仕立てたもので、利休の次の時代、織部時代に創製された碾茶は青味のある仕上げであった処から、白味がかったものが初(ハツ)昔(ムカシ)、青味のものが後(ノチ)昔(ムカシ)と命銘されました。将軍お召しのお茶ですから、何處の茶師も此の両者を最上品とする事に決めています。碾茶に銘(メイ)を付けるようになったのはこの頃からです。森家没落後の宇治茶業界は嫡(チヤク)流(リユウ)上林六郎家及び、一族の竹庵の後裔(コウエイ)である上林又兵衛家両者が、天領(幕府直轄領)とされた宇治の代官兼御茶頭取に任じられ、上林一族の独壇場となりました。
将軍家のお茶壺が宇治を出発する迄は、何人たりとも宇治から新茶を持ち出してはならぬという鉄則があったそうです。
幕府から預かる御壺三個と他に幾つかの壺がありますが、一つの壺は大判一枚と決まっていたようです。
幾多の災害、茶師の栄枯があっても、代官の上林家による宇治の施政(シセイ)、御茶師仲間の組織的活動はお茶壺道中と共に幕末、維新まで守り通されました。合掌
 (平成27年10月8日 第82回八王子支部摂心会における講話)
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クリエイト静座会を開催しましたので報告いたします。


        記

日時:平成30年8月19日(日)午前9時30分~11時

場所:八王子クリエイトホール9階和室

内容:静座3炷香(25分×3)

参加者:一般の方 8名  会員 加藤、臼杵、栗原

概況:
・新規の方は男性、女性一名ずつ参加されました。今回も紫光さんが参加され、聖侍をして頂きました。
・静座終了後の茶話会には松田大愚さんが来られ、参加者とお話をして頂きました。


栗原 
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「喝っ!」
こんなことを言われた日には、「すわ、何事ぞ!?」と皆がなる。
 新漢語林(第二版)では、「喝」の字義の一つを以下のように挙げている。
「禅宗で、言語や文字で表現できないときや、あやまった考えをしかって反省させるときに発する声。『カツ』と読む」
 私達は普段いろいろな習慣・考えに従って生活するものだから、たとえ誤っていても気付かず、また見直すこともほとんどしない。のめり込んでのめり込んで、にっちもさっちもいかなくなった時、外部からの働きかけがあって、「あぁ、この考え方は間違っていたのだな」とたまに気が付く。そういった塩梅。
そんな時、「喝っ!」と言われてみよ。
  双方に阿吽の呼吸があれば、「喝っ!」の対象にされた本人はようよう気が付く。
その時、右のようなサイクルを辿るであろう。仰天⇒疑念⇒見直し⇒修正。
修正の仕方は数多あろうけれども、禅はいたってシンプル。漢字一字で大方上記のサイクルを辿る。
数息観をしていてもいくらでも「野狐禅」になりうる。そんな時、老師からいただく言葉は有難い。必ずしも「喝っ!」という言葉ではないが、気付かせてもらえる。禅は深山幽谷に一人っきりで籠って行うものではない(一時的には必要であろうけれども)。仲間とともに修行するのである。
平成三十年葉月
翠珠記ス
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1,他の世代と現代の若者との人生観・生き方の違い。⇒質疑応答
2,現代の若者と禅との関係。⇒質疑応答
・古江龍巌(翼):1994年平成6年生まれ、24歳

■『生きる希望を忘れた若者たち』鈴木弘輝著 講談社現代新書 2012年を参考に、若者の考え方や感じ方について考えます。
・鈴木弘樹:1970年 横浜生まれ(48歳) 塾講師として教育現場に関わりながら社会学の研究。
  ・「私も含めた年長者が若者と地続きの場所にいることを実感できる時代はもうないだろう」
・「若者が自分たちのほうに成長してこないという実感、若者への不安」
・社会学のアプローチをとりつつ世代間の価値観・人生観を比較し、若者をどう理解することができるかについて考察した本。

①近代 戦後から1970年代まで みんなが共通の目標・ルールを持っていた時代
・「安定的で豊かな日常生活をおくること」「貧困からの脱出」が「みんなの夢」
・「貧困からの脱出を達成するための計画」が「みんなのルール」(社会主義、資本主義)
・伝統や過去の歴史をつなげる大家族、家郷が人々の基盤、生き方や行為の基準に。

②2つの価値観が同時に存在している現代という時代
・1970年代後半から80年代後半までの「前期型現代」と、80年代後半から現代までの「後期型現代」の2つの社会観・人生観を持つ人々が現代には同時に存在している。

③前期型現代 「虚構の時代」 1970年代後半から80年代後半に生まれた価値観
・「貧困からの脱出」という共通の「みんなの夢」、「生きる見本」はなくなった。
・「生きる見本」「自分なりの未来」は一人ひとりが自分から作り上げていくもの(虚構)になった。「自分なりの未来を構築・維持する」ための「自分なりのルール」で生きていく。
・近代にあった共通の「みんなの夢」は「それぞれの虚構」になった。
・自分なりの未来を各自が作り、その目標に向かって生きていく生き方。(例,受験,核家族)
・自由な恋愛結婚によって自分なりに作り出した「核家族」が人々の基盤。自分なりの核家族を目標・基準に、自分の行動、生き方を決めていく。

  ④後期型現代 「いまの愛情の時代」 1980年代から現代までに生まれた価値観
・仕事に人生をかける生き方、家族を持ちたいという生き方など、自分なりの生きる見本、自分なりの将来を作りあげ、その目標向かって日々を生きるという未来を見据えた生き方をしない。
・「核家族」に幸せや愛情を感じられなくなり、核家族を生き方の基準・目標にしなくなった。
・様々な過去や伝統的な価値観、核家族からも切り離された現代の若者は、自分をもっと短い「いま」という時間間隔の中で捉えている。過去の伝統や、未来の目標ではなく、「いま」の「自分」を大切に(こだわる)生き方。
・「いま」の「自分自身の感覚や考え」を自分の生き方、行動の基準にするという意識が強まる。
・過去でも未来でもなく、「いま」満足や幸せを感じさせてくれるものに近づくという動きを何度も繰り返す。
・「いま」の自分が満足しているか、納得しているかを行動の基準にするため、「いま」やりたいことはすぐにやり、「いま」やりたくないことはすぐに辞める。「いま」を基準にどんどん切り替えていく。(いわゆる「根性・忍耐力がない若者」)
・「いま」の自分の感情、考えを重視するからこそ「いま」の苦しみや苦労に敏感に反応する。
・そうして「いま」「自分」の満足のために生きるという生活が続くと、やがて「生きる希望」を忘れてしまう。「いま」の満足だけを追い続ける人生になってしまうのではないか。
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Ⅰ は じ め に

●禅の修行を始めるには、「聞(もん)・思(し)・修(しゅう)」の三段階があるといわれています。
「聞」は話を聞いたり、書物を読んだり知識を得る段階。
「思」は聞の段階を経て、始めるかどうか考える段階。
「修」は思の段階を経て、実際に修行を始めようと決意する段階。

●今回の法話は、主に「聞」の段階を経て、禅の修行を始めようかどうか考えている方、及び入門して実際に修行を始められた方。「思」・「修」の段階の方を対象に話します。

Ⅱ 「心の根源」とは

●修行を始める決意をして入門しますと、人間禅では最初の公案【父母(ふぼ)未生(みしょう)以前(いぜん)に於(お)ける 本来(ほんらい)の面目(めんもく)如何(いかん)?】
を授かります。本来の面目とは、「自己の本心本性(ほんしんほんしょう)」とか「仏性(ぶっしょう)」といわれます。法話では「心の根源」と称して使います。この「心の根源」に焦点を当てて話します。

●人は生まれてから死ぬまで、さまざまな感情が湧き起こり、その感情に左右されて生きています。好き嫌い、楽しい苦しい、憎い可愛いい、嬉しい悲しいという感情です。その感情の湧いてくる心の奥底に深くあるもの、それが「心の根源」です。これは誰にでも、等しく具わっています。人間ばかりではなく、あらゆるものに備わっています。

●小生の強い印象
小生が修行始めたとき、最初にご指導頂いた方は妙峰庵孤唱老師(人間禅第二世総裁)でした。老師のお話は、当時勤務先の社長と内容がよく似ておりました。社長は起業し成功した方です。どちらも魅力のある方でした。そこで、“禅の修行をやらなくても、事業で努力すれば到達点は同じなのかな?”とも思いました。
ある日、お茶のお相伴のとき、老師に“勤務先の社長も老師と同じようなことをおっしゃいますが?”と尋ねました。老師はすかさず、“それは、「出所(でどころ)」が違う!”とキッパリと答えられました。その出所が「心の根源」です。
その時は見性したばかりで、理解することができませんでした。禅の修行による鍛え磨き抜かれた「心の根源」と、そうでないものとの違いであると納得できたのは、「悟後の修行」を始めて、暫らく経ってからのことです。小生の修行の原点ともいえる、強く印象に残っている思い出です。

●「心の根源」を手に入れるのには、禅が一番の近道で、確実と思います。禅は直接、「自分の心」を扱う修行だからです。
≪弘法大師≫ (真言宗開祖)
大師が開かれた京都のお寺の碑文には、『夫れ禅宗(ぜんしゅう)は諸仏頂上(ちょうじょう)の宗(しゅう)なり、根本(こんぽん)第一(だいいち)の宗(しゅう)なり。』と書かれているそうです。
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八王子座禅会の古江です。
今年の八王子の暑さは強烈ですね。
毎週の座禅会でも扇風機をつけて、みなさん汗をかきながら座っております。


【8月11,12日の一泊参禅会】
今週の土日、11,12日には、一泊で座禅・参禅のできる一泊参禅会を開催致します。

長い時間しっかり座りつつ、希望する方は参禅(老師との禅問答)や、本格の修行を始めている方と座禅の話をすることもできます。

一泊で長い時間座禅をしてみたいという方、摂心会修行はハードルが高いけど、毎週の座禅会よりもすこし本格的な修行を体験してみたい方などにおすすめです!

また、普段の土曜静座会が終わる時間の19時頃から、夕食懇親会がございます。普段の座禅のあと、そちらだけでもご参加いただけたらと思います。 いつものように、ご都合の合う時間だけの部分参加も歓迎しております。

【参加費】
座禅会のみ:300円
懇親会と座禅会:合計1000円
懇親会、座禅会、一泊:合計1000円
となります。

【スケジュール】
●11日 土曜日
14:30 座禅
16:00 参禅1(参禅されない方は通常の座禅)
17:00 座禅
18:30 参禅2(参禅されない方は通常の座禅)
19:15 夜話会(夕食懇談会)
      片付け・随時就寝
●12日 日曜日
 5:00 起床
 5:30 座禅
 7:30 参禅3(参禅されない方は通常の座禅)
 8:00 朝食・片付け
 9:00 解散

次の一泊参禅会は、11月17,18日(土日)になります。


【今後の摂心会修行の日程】
摂心会修行も行っております。
10月3日(水)から7日(日)まで。
12月5日(水)から9日(日)まで。
1月30日(水)から2月3日(日)まで。



【横浜近辺の座禅会】
また、横浜線沿いのみなさま。横浜でも姉妹道場の座禅会が開催されております。
合わせてご検討ください。

●横浜座禅クラブ
開催日時: 第1・第3日曜日 9時30分~12時30分
場所:   横浜市青少年育成センター 地下2階和室
 11月より、横浜市野毛地区センター

参加問合せ<hayashi.koji@jcom.home.ne.jp>

●大和座禅会
開催日時: 第2・第4土曜日 16時00分~19時00分
          もしくは 17時00分~20時00分
場所:   大和市コミュニティセンター中央林間会館
参加問合せ<yokoyama.740471@tea.ocn.ne.jp>

●茅ヶ崎静坐会
開催日時: 第2・第4土曜日 15時00分~17時00分
場所:   茅ヶ崎市小出コミュニティセンター
参加問合せ<K.Yamazawa@jcom.home.ne.jp>


まだまだ暑い夏も続きそうです。どうぞお体ご自愛ください。

みなさまと座禅をご一緒できますのを楽しみにしております。
合掌 八王子座禅会 古江 翼 
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前半;釈尊から正受老人まで
    ① BC5世紀 釈尊(釈迦族の王子、ゴーダマシッダールダ)
② 摩訶迦葉(第1祖)
③ 520頃中国に、菩提達磨(第28祖、東土初祖)禅宗の系譜「西天四七東土二三」
④ 502即位、梁の武帝
⑤ 二祖・慧可、六祖・慧能
⑥ 645 三蔵法師 唐の長安に戻る
⑦ 713 六祖・慧能寂す、→南嶽懐譲、馬祖道一、百丈懐海、(805最澄)
⑧ 867 臨済義玄(臨済宗祖)寂す 869 洞山良价(曹洞宗祖)寂す
⑨ 1168 明庵栄西、入宗。1202建仁寺建立
⑩ 1227 永平道元、印可。1244大仏寺(後の永平寺)開山、日蓮
⑪ 1249 蘭渓道隆(大覚禅師)来朝、鎌倉建長寺開山
⑫ 1267 南浦紹明(大応国師)帰朝、
⑬ 1282 無学祖元来朝、鎌倉円覚寺開山、フビライ大ハーンに(元)
⑭ 1293 鎌倉大地震にて建長寺全焼
⑮ 1322 瑩山紹瑾、能登・総持寺を開山
⑯ 1337 関山慧玄、妙心寺の開山
⑰ 1372 円覚寺火災にて舎利殿消失、永平寺北朝より「日本曹洞第一道場」の勅額を受ける
⑱ 1392 足利義満、南北朝を統一、1368元が滅び、明が成立
⑲ 1394 一休宗純生まれる
⑳ 1467 応仁の乱
㉑ 1506 雪舟寂す
㉒ 1582 本能寺の変
㉓ 1639 沢庵宗彭、品川東海寺の開山
㉔ 1654 隠元隆き(黄檗宗祖)来朝、黄蘗山萬福寺の開山
㉕    至道無難→正受老人(道鏡慧端)→白隠慧鶴
後半;白隠禅師から耕雲庵老大師まで
① 1717 白隠慧鶴(駿河松蔭寺)<大岡忠相> 1768白隠慧鶴寂す
② 1831 大愚良寛寂す
③ 1868 明治維新
④    禅三派(曹洞宗、臨済宗、黄檗宗)
⑤ 今北洪川(洪川宗温)
⑥ 滴水宣牧、山岡鉄舟
⑦ 曹渓牧宗→洪嶽宗演(りょうか窟釈宗演)→両忘庵釈宗活老師→耕雲庵立田英山老師
⑧ 鈴木大拙
⑨ 山本玄峰、
⑩ 西田幾太郎
⑪ 夏目漱石、福澤諭吉

参考資料;平凡社・日本のこころ239「禅宗入門」(2016)、NHKブックス35「禅―現代に生きるもの」紀野一義(1997)、
講談社学術文庫「禅と日本文化」柳田聖山(1997)、『禅』誌2002~2016(多数)
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クリエイト静座会を開催しましたので報告いたします。


        記

日時:平成30年7月15日(日)午前9時30分~11時

場所:八王子クリエイトホール9階和室

内容:静座3炷香(25分×3)

参加者:一般の方 4名  会員 栗原

概況:
・初参加の方は男性1名でした。
・静座の前に「腰を立てる」という話をしました。円覚寺では腰骨を立てることを指導しているとのこと、小生もこれに同感するところがありお話しをさせて頂きました。

合掌 栗原 拝
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