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ブログ - 坐禅から学ぶもの(5)   大石如法

坐禅から学ぶもの(5)   大石如法

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
八王子支部 2019/9/27 22:15
ただ、目の前のことをする

12月のことを臘八(ろうはつ)といいますが、全国の禅宗の道場では、12月1日から7日の夜中まで蠟八摂心という坐禅に明け暮れる日々を送ります。私も道場に上がりましてから、15,6回ほど臘八摂心を修行しました。これはお釈迦さまが菩提樹の元で坐禅をし、12月8日の明けの明星をご覧になって悟られたという故事に習って行なわれるものです。
 日本に坐禅を伝えられたのは、臨済宗をお開きになった栄西禅師、また私たちの高祖さまであります道元禅師らによります。道元禅師は32歳で留学先の宋から帰国されますと、その第一声が仏法とは何かといったら「眼横鼻直(がんのうびちょく)」だとおっしゃった。つまり、眼は横に鼻は縦についているという人を食ったような話なのですが、でも考えてみればその通り。仏法というのは、「当り前」のことなのです。
 坐禅をしながら、悟りを開けるのではないか、もしくは、仏や神がどこかにいるのではないかと探り出しますと真髄から逸れてしまう。
 道元禅師の主著の一つに『普勧坐禅儀』がございます。これは普く坐禅を勧める指南書で、福井の大本山永平寺にご真筆が所蔵され国宝になっています。
 坐禅中に『普勧坐禅儀』をお読みすることがございますが、次のページをめくって、「まだずいぶんあるな」なんて考えてはいけないんです。実にこういうことが一番だめ。ただ目の前のことをする。それが坐禅であり三昧ということです。『普勧坐禅儀』をお読みするなら、一語一語きちんと読んでいくのみです。
 私どもも坐禅をして最後にこれを読みます。夜の8時45分頃から、道場ではいつも夜坐の終わりに読むのですが、「たーずーぬーるーにー」と・・・、思わず眠りたくなるゆっくりさ。でも眠くなるということは、どうも心にちょっとした隙があるときに現れるようです。『普勧坐禅儀』を読み終わったあとの坐相 はみんな良い。無心になってお読みすることで、心が落ち着いた良い坐相になります。
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