メインメニュー
検索

ブログ - 耕雲庵英山老大師のこと(1)   鸞膠庵小野円定老師   

耕雲庵英山老大師のこと(1)   鸞膠庵小野円定老師   

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
八王子支部 2019/3/11 21:12
小生が入門を許された方は、人間禅創設者 耕雲庵英山老大師です。昭和42年4月、大学3年のときです。老大師74才、人間禅創立18年後、創立期から成長期に向かう時期でした。数年後、妙峰庵孤唱老師に参じました。老大師に参じた期間は2年間位になります。その中から2題取り上げます。

1、「公私の区別」
 小生は大学2年の後半より、松戸五葉塾で妙峰庵老師(当時老居士)にご指導頂きました。塾生時代のことです。当時老大師は数か所地方へご巡錫されておられました。 その送迎を塾生が主に担当しておりました。
ある時、小生ともう一人の塾生がお迎えをする番になりました。東京駅より市川駅に向かう車中のことです。車掌が検札に廻ってきました。小生は老大師より切符を預かり車掌に渡したところ、わずかな金額(10円?)不足でした。小生はわずかな金額のため、老大師に催促するのをためらいました。自分で払おうとしたところ、老大師がスッ-と立ち上がり、「君が払うのはおかしい。」と、ご自分の小銭入れから10円玉を取り出し、車掌に渡されました。老大師が車掌とのいきさつを小耳にはさんでいたようです。それだけのことですが、小生にとって忘れられない事となりました。
入塾のとき、妙峰庵老師に連れられ、老大師のお住まいにご挨拶に伺いました。普段勇ましいご指導をなさる老師が、老大師の前では平身低頭でした。道場の状況を知らなかった小生は、緊張した雰囲気の中で老大師はすごい方なのだなと、強く印象づけられました。
  その老大師が小さな小銭入れをのぞき込み、10円玉を探しておられる姿に、何か不思議な感じを持ちました。今思い出しますと、それは自然なお姿でした。当時、数か所尋ね求めていた小生は、この道場はほんものかも知れないと思いました。
そのときの事を自分なりに、「公私の区別」をつけると受け止めております。それからは、反省すべきことは多々ありますが、いましめとして社会生活を送ってまいりました。今は「公の責任」と変えて、送ってまいりたいと思っております。
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (129)

トラックバック

トラックバックpingアドレス http://hachioji.ningenzen.jp/modules/d3blog/tb.php/638
Copyright © 人間禅西東京支部 2007-2013