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ブログ - 禅を志す方へ(3) Ⅳ「心の根源」を手に入れるために   鸞膠庵小野円定老師

禅を志す方へ(3) Ⅳ「心の根源」を手に入れるために   鸞膠庵小野円定老師

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
八王子支部 2018/12/1 21:25
「心の根源」を手に入れるために、小生が特に大切と思うことを二つ述べます。

●「大 疑 団」
禅の修行に励むには、「大疑団(だいぎだん)・大信(だいしん)根(こん)・大勇猛(だいゆうもう)心(しん)」の、「修道の三要件」が大切といわれています。
「大疑団」とは、人生の根本問題に関して、徹底して解決を求めていく大きな疑いのこと。「大信根」とは、①如是法の存在を信じること。②仏祖方が如是法を体得していることを信じること。③自分も如是法を悟ることができることを信じること。「大勇猛心」とは、大疑団を解決するための勇気のこと。
小生はこの三要件のうち、特に大切だと思うのは、「大疑団」です。禅でいう「疑う」とは、頭の中で考えるのではなく、体全体で工夫することです。初則でしたら『本来の面目』を徹底して疑うこと。つまり、 “本来の面目、如何(いかん)!如何(いかん)!……”寝ても覚めても、食事中でも、通勤途上でも、時間の許す限り疑う。「本来の面目」と「自己」とが一体になるまで、徹底して疑う。そして、「本来の面目」と「自己」とが一体になったことを「公案三昧」といい「成り切る」といいます。
  悟るには、この方法しかありません。「大疑(たいぎ)の下(もと)に大悟(たいご)あり」。疑いは大きければ大きいほど、喜びも大きいということです。禅宗の最も大きな特徴です。

●「自   力」
初則の公案を手に入れるには、相当な努力を必要とします。悟るには「大死(だいし)一番(いちばん) 絶後(ぜつご)に再鮮(さいそ)」といわれます。
「大死一番」とは前述の「本来の面目」と「自己」とが一体になった状態のことです。この「大死一番」の処まで自分を追い込むことが最も辛い処です。今迄の常識は通用しない。苦しいからといって、その場から逃げてはいけない。最後は勇気を奮い立たせ、自分の力でぶち破るのです。それが、「絶後に再鮮」です。努力すれば誰でも必ず悟れます。
他から教えられたものでは、喜びは湧きません。役にも立ちません。その喜びの大きさが、その後の修行にも大きく影響します。
≪臨済禅師≫ (臨済宗開祖)
 『汝 祖仏と別ならざらんと要せば 只 外に求むること勿れ。』
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