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ブログ - 禅を志す方へ(1)   鸞膠庵小野円定老師

禅を志す方へ(1)   鸞膠庵小野円定老師

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
八王子支部 2018/8/13 20:42
Ⅰ は じ め に

●禅の修行を始めるには、「聞(もん)・思(し)・修(しゅう)」の三段階があるといわれています。
「聞」は話を聞いたり、書物を読んだり知識を得る段階。
「思」は聞の段階を経て、始めるかどうか考える段階。
「修」は思の段階を経て、実際に修行を始めようと決意する段階。

●今回の法話は、主に「聞」の段階を経て、禅の修行を始めようかどうか考えている方、及び入門して実際に修行を始められた方。「思」・「修」の段階の方を対象に話します。

Ⅱ 「心の根源」とは

●修行を始める決意をして入門しますと、人間禅では最初の公案【父母(ふぼ)未生(みしょう)以前(いぜん)に於(お)ける 本来(ほんらい)の面目(めんもく)如何(いかん)?】
を授かります。本来の面目とは、「自己の本心本性(ほんしんほんしょう)」とか「仏性(ぶっしょう)」といわれます。法話では「心の根源」と称して使います。この「心の根源」に焦点を当てて話します。

●人は生まれてから死ぬまで、さまざまな感情が湧き起こり、その感情に左右されて生きています。好き嫌い、楽しい苦しい、憎い可愛いい、嬉しい悲しいという感情です。その感情の湧いてくる心の奥底に深くあるもの、それが「心の根源」です。これは誰にでも、等しく具わっています。人間ばかりではなく、あらゆるものに備わっています。

●小生の強い印象
小生が修行始めたとき、最初にご指導頂いた方は妙峰庵孤唱老師(人間禅第二世総裁)でした。老師のお話は、当時勤務先の社長と内容がよく似ておりました。社長は起業し成功した方です。どちらも魅力のある方でした。そこで、“禅の修行をやらなくても、事業で努力すれば到達点は同じなのかな?”とも思いました。
ある日、お茶のお相伴のとき、老師に“勤務先の社長も老師と同じようなことをおっしゃいますが?”と尋ねました。老師はすかさず、“それは、「出所(でどころ)」が違う!”とキッパリと答えられました。その出所が「心の根源」です。
その時は見性したばかりで、理解することができませんでした。禅の修行による鍛え磨き抜かれた「心の根源」と、そうでないものとの違いであると納得できたのは、「悟後の修行」を始めて、暫らく経ってからのことです。小生の修行の原点ともいえる、強く印象に残っている思い出です。

●「心の根源」を手に入れるのには、禅が一番の近道で、確実と思います。禅は直接、「自分の心」を扱う修行だからです。
≪弘法大師≫ (真言宗開祖)
大師が開かれた京都のお寺の碑文には、『夫れ禅宗(ぜんしゅう)は諸仏頂上(ちょうじょう)の宗(しゅう)なり、根本(こんぽん)第一(だいいち)の宗(しゅう)なり。』と書かれているそうです。
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