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ブログ - 只事ならぬ、ただのこと   鈴木翠珠

只事ならぬ、ただのこと   鈴木翠珠

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
八王子支部 2018/1/27 16:06
 坐禅はただ呼吸をするだけである。深く息を吸い、深く息を吐き出す。簡単なようでいて難しい。と同時に、自身が如何に普段浅い呼吸をしているか思い知らされる。眠り坐相(ダメ坐禅)がなかなか改善されないのはこのためである。
 眠る時も人は浅い呼吸をしているらしい。いびきを連呼する人の、あの音の狭間では呼吸が止まってしまっている!いびきをするおじさん、気を付けるべし。
 当たり前のようでいて、当たり前でない。君の名は「呼吸」-…。
 生物が生きていくには必要な運動である。空気を取り入れることでエネルギーに変えているのだから。深い呼吸は生み出したエネルギーを身体の隅々まで届ける。
 こんな話(大分うろ覚えである!)を伺ったことがある。とある事故で呼吸することさえ難しくなってしまった方がいた。呼吸をするだけで胸が苦しい。寝ても覚めても四六時中苦しさがつきまとう。そこでハタと気付く。こんな大変労力のいる「呼吸」という運動を、健康な人は何食わぬ顔で普段するなんて…。
 「吸うて吐き、吸うて吐きつつ、只事ならぬただごと」そんな心境を一言、こうまとめた。
語感を良くするならば、「吸うて吐き、吸うて吐きつつ白妙の、只事ならぬただのこと」かしらん。
 深い呼吸をするだけで、身震いするくらいの寒さをも受け入れられる。道に深く達した人は一呼吸で世界を切り取る。
 生物の根幹としての「呼吸」、侮る勿れ。
 そういえば、坐禅を「いのちのかい(・・)ふく(・・)」と喝破する御仁が琵琶湖にいたな…。
平成三十年睦月
翠珠記ス
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