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クリエイト静座会の開催報告をいたします。

      記

日時:平成29年6月18日(日)午前9時30時~12時

場所:八王子クリエイトホール9階和室

静座:3炷香(25分×3)

輪読:「はじめての方へ」(鸞膠庵老師著)

参加者:一般の方 7名  会員 臼杵、古江、片野、栗原(以上11名)

コメント:
・輪読は鸞膠庵老師著「はじめての方へ」を使用して行いました。参加者は7名、改めて数息観についての理解を深めました。 ・約1年近く離れていたM様が久々に参加され、お元気な姿を拝見し、安心しました。


次回予定:7月2日(日)9:30~12:00

合掌  道活 拝
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仕事、ときとぎ禅?   鈴木翠珠

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執筆 : 
八王子支部 2017/6/18 9:19
 現在仕事でシェアハウスを扱う部署にいる。南柏にある、とあるシェアハウスが担当物件である。
 最近の禅の調子といえば、細々ならぬ虫の息に近い状態だ。定時で帰ろう!と朝は意気込んで出勤していくが、気が付くと残業していることが多い(とはいえ、絶対に帰る時間は設けている)。それでも支えてくれる存在は周囲におり、そのお蔭もあって何とか続いている。朝の澄み切った時間に座禅とヨガの基本体操を最低限行う。余裕があれば(体力があればの話。最近はできていない…)、寝る前に素振りに太極拳(先生の下にしばらく行っていないので自己流も甚だしい)、太極拳養生功(上に同じ)、坐禅、ヨガ基本体操を行っている。  禅をやって気付くことは、ほんのちょっぴり自然に敏感になることである。
 さて、話を戻そう。自身が担当の南柏のシェアハウスは自然に囲まれている。梅雨が近い今日この頃でもホトトギスの鳴き声が聞こえてくる。そして、爽やかな風も吹く。夏になってもどうか爽やかな風が吹き続けて欲しいものである。庭先のツツジは終わりかけ、近隣のお宅の庭には紫陽花が咲き綻んでいる。朝の通勤ラッシュに遭遇しているせいか、南柏に来ると「もののあはれ」を一入感じる。
 最近は近隣の「ほのか」という食事処で昼食をいただく機会があった。お味噌汁に茗荷が入っており、味のアクセントの強さに「はっ!」とさせられた。茗荷はこれからの季節が食べ頃である。季節季節の食材を扱う美味しい食事処であった。
 このように仕事をしていると、禅によって磨かれた(?)五感が作用する。現代人であればおそらくそうした季節季節の変化を当然のものと捉え、無感動であるのだろう。スマホと友達で目前の変化すら見ようともせぬ。
 「茗荷」は「冥加」に通じ、紋様ではめでたいものとされる。茗荷の味の余韻を忘れ難く、南柏のシェアハウスのエントランスに「根違い茗荷」の紋様を思わず描いてしまった。シェアハウスは様々な人が集う場。入居しているお客様同士が様々な交流を通じて「冥加」を是非得て欲しい。神田明神の大黒様に遠く南無南無しつつ、明日の仕事に備えよう。
平成二十九年水無月
翠珠記ス
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参加者9名: 会員 如法 紫光 石仏 龍巌

過ごしやすい気温で外もまだまだ明るく、小鳥が鳴いている中での静坐でした。
ヨガを長年されている女性二人に初めてご参加頂きました。
お二人とも身体がとても柔らかく、始めから結跏趺坐をされていました。ヨガをされている方にとって坐禅は入りやすいのかなと思いました。
45分を2セット初めて坐るのは想像以上に痛いものがあります。もちろん足を組み替えたり、立ってしびれをとったりして頂いて構いませんが、慣れてくるまでは少々つらいです。けれども慣れてくる頃には坐禅をして頭がスッキリする気持ちも感じられてくるのではないかと思います。
茶話会では如法居士が、宗教や信仰の有無に関らず、道具もいらない坐禅・瞑想の魅力を熱弁されました。お茶の入ったコップをそのまま置いておけば重いものは下に沈んでゆき、あるべき場所に納まってゆくのに、私たちは考え事をしてそれをかき混ぜ、自分を混乱させてしまうとの説明が印象的でした。日々些細なことに執着せずに、自然な心で過ごして生きたいものです。
夕方の時間はとても坐禅をしていて気持ちが良い時期です。
ぜひみなさまご一緒に坐禅を致しましょう。

合掌 古江龍巌 九拝
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 八代将軍義政は、政治的暗闘から逃れて、京都東山の山麓に東山殿東求(トウグ)堂銀閣を建て錦鏡池を中心とする廻遊式庭園を造り僧俗一体の趣味生活に浸り、その側近に有能無比の芸術家を多数召し抱えました。将軍義政の側近の芸術家達を同朋(ドウボウ)衆(シユウ)と言います。お能の世阿弥、庭師の善阿弥と皆阿弥(アミ)号を持っています。出家と俗人との丁度中間的な存在だそうです。色々の方面に同朋衆は居ましたが、特に茶事に関係する者を茶同朋と言いました。その中で能阿弥は元朝倉家臣で連歌、立花、書画に優れ、唐物に対する目利きにも長けておりました。唐物の美術的価値、由来とかの鑑定能力を有した大芸術家で、義政の命により、この頃形成された書院造りの広間に於いて茶事を行う方式を発案しました。これが東山流と言う貴族の茶です。
義政は政治においては無策でしたが、学問芸術方面にはかなりの見識を持っており、庭園、古美術の愛好家であり、文学、立花、聞香(キキコウ)や闘茶も好み、当時の茶会に満足出来ない程趣味は高尚であったようです。
唐物は中世に渡宋の禅僧らの手によって日本に入って来ましたが、初代将軍尊氏、直義兄弟が派遣した天竜寺(テンリユウジ)船(ブネ)によって更に唐物舶来の気運が高まりました。私貿易船によっても数多くの唐物工芸品は舶来しました。これ等珍品を秘蔵した美術工芸品は東山第(ヒガシヤマダイ)に東山御物(ギヨブツ)と称し、夥しい点数です。義政と能阿弥らによって制定された東山御物の目録は今も残っています。上・中に分けられ、見事に格付けされています。義政の死後、将軍家の衰微と共に売却されたり消失したり散逸しましたが、その一部は今も各美術館に残っています。
 書院造りは室町時代中期から起こった、武家住宅建築様式で、書院の広間には床の間があり、その隣には違い棚と書院窓があり、窓の下に机が置いてあります。この構造の座敷を飾るには闘茶の会所(カイシヨ)飾りでは通用しませんので、能阿弥によって書院飾りの様式が創案されました。御飾(オカザリ)書(シヨ)によりますと、書院の間の向かって左方に、茶の湯の間(台子(ダイス)所(ドコロ))台子の向こうに金砂子の六枚又は二枚の屏風を廻らし、屏風の高さは台子の上に載せた天目が隠れる程その下座南の端に裳(モ)引(ヒキ)の大戸(オオド)があり、現今の茶道口に相当し、この外まで茶道具を運び出し、茶道具を受け取り、台子に運んで茶を点てました。勿論(モチロン)風炉です。この手水の様子など全て上座より見通しが利くようになっています。茶の湯の間は客を招じ入れるところでは無く、只、茶を点てて、飾り付けされた客座敷へ運び出される、所謂点出し方式です。屏風で囲うことから茶室を囲いと申しますのも此処から出た言葉でしょう。
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Ⅳ 行    事
1 静 座 会
静座会は座相(姿勢)の基本を身につけ、数息観を実習することを主な目的としております。座禅は自宅で一人でもできますが、自己流になってしまいます。又、長続きもしません。座禅は細くても長く続けることによって、徐々に効果が現われてまいります。静座会に参加して仲間とともに、楽しく励まし合いながら続けることが長続きのコツです。 1~2カ月しますと座相も身につき、足の痛さ・しびれなども大分やわらいでまいります。定期的に開催しておりますので、ご都合にあわせてご参加ください。

2 摂 心 会
 摂心会とは、「心をおさめて散らさず」という意味です。はじめての方は数息観を集中して行う期間と思ってください。普段は仕事、学業、家庭のことなどに追われ、なかなか座る時間がとれません。そこで、年に数回、期間を定めて集中して修行を行います。修行に専念し三昧力を養う期間ということです。
摂心会の主な行事としては、座禅を中心に提唱、参禅、作務、食事などを行います。在家禅のためご都合に合わせた参加も認めております。座禅の修行とはどういうものか、理解するためによい機会と存じます。摂心会は静座会同様どなたでも参加できます。
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情けは人の為ならず   鈴木翠珠

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執筆 : 
八王子支部 2017/5/30 9:39
 「情けは人の為ならずー…」誤解のされやすい言葉ではある。他人のためにならないから情けを与えるべきではない。字義通りに捉えるとそのように捉えられないことはないが、そのような意味ではない。正しい意味は「人に親切にすれば、その相手のためになるだけではなく、やがてはよい報いとなって自分に戻ってくる」(デジタル大辞泉、小学館)である。
 季節は巡りに巡ってまた春を迎えた。暦上では立夏を迎えてしまってはいるけれども。新しい職場、新しいクラスメイト…。人が組織を作る際、そこには何らかの理念がある。それがどんなものであろうと、人が人であることを忘れないでいたいもの。つまり、情けという名の「福」を他人とお裾分けすることである。今の世は我利我利の世。朝の通勤ラッシュの電車はすごい。プロレスラーみたいな御仁がいて、人を何とも思わずに肘で払いのける。バッグを前に抱えずにバック圧力をかける御仁もいる。人でごった返す朝の電車の中、人にバッグをぶつけないようにゆっくり進むことは、最早情けである。我利我利のあの御仁達は自分の行為に気付く日はいつか来るのだろうか?それとも雲隠れするまでお預けなのだろうか?
   坐禅の合間にふと湧き上がった思考の欠片     平成29年皐月  翠珠記ス
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クリエイト静座会の開催報告をいたします。

      記

日時:平成29年5月21日(日)午前9時30時~12時

場所:八王子クリエイトホール9階和室

静座:3炷香(25分×3)

輪読:人間形成と禅106~111ページ

参加者:一般の方 4名  会員 古江、栗原(以上6名)

コメント:
・ここ2年くらい立田英山著「人間形成と禅」の輪読を行ってきましたが、本の後半に入り難解な内容となってきたため、輪読として今後も進めていくかについて次のご意見を参加者から頂きました。  ✓継続してもよい。もしも対象を変更するにしても禅に関する書籍にしてほしい。
 ✓輪読の対象は例えば「数息観のすすめ」に戻ってもいい。禅の基礎的なものを読むのはどうか。
 ✓人間禅の中でいろいろな論文や書き物があるがその中から1回で読み切れるようなものを選択したらどうか。


次回予定:6月18日(日)9:30~12:00

合掌  道活 拝
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参加者5名 会員 如法 龍巌

本降りの雨の中本堂に到着すると、すでに常連のNさんSさんが準備をされていました。お二人はさすがだなぁと思い、気が引き締まりました。今回の直日はNさんにお願いしました。 坐禅は初めてという女性も一人いらっしゃいました。雨の中ご苦労様です。
静坐の後はちょうど雨がやんでいて、とても気持ち良く帰宅することができました。静坐会の後の帰り道は心がとても落ち着いていて良いです。
僕が坐禅を始めたころは坐禅自体よりも、坐禅後にのんびり散歩する方を楽しみにしていたように思います。みなさまも是非お試しください。
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参加者 一般の方 5名  会員 大石如法 加藤紫光

 新しい若い男性の方がいらっしゃり、如法支部長が45分かけて丁寧に指導されていました。
 坐禅の後の茶話会は都合でなかったのですが、(ベテランの方もいらっしゃいますが)皆さん、座禅の良さを実体験されたなら嬉しいです。長く座っても皆さん座相が良かったです。
 帰りに如法住職から、非売品の出版したて「ブッダと脳―こころはどこで成長するのか?」(アルボムッレ・スマサナーラ長老)という本を全員いただき、これから拝読させていただきます。  八王子の街では、「アートムーチョ」という、野外コンサートや多数の出店のイベントで、人々の往来が激しかったです。今日は晴れ、半袖で丁度良く、過ごしやすい1日でした。
 45分×2回、じっくり座れる座禅会の有難さをしみじみ感じた静座会でした。
5月31日~6月4日の摂心会で、更に深く心を整える座禅、共にしませんか?
都合の良い時間だけで良いです。是非いらして下さい。
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この闘茶会を派手に演じた婆娑羅(バサラ)大名に近江の守護大名佐々木道譽(ドウヨ)という人がいます。
佐々木道譽が京都の京極屋敷で七カ所に珍奇な唐物茶器を飾り七種の闘茶会の準備をこらし、七百種の賭物の景品を山と積み上げ、七十服の本非を飲み比べる趣向の様子は太平記に詳しく書かれていますが、豪奢を極めたものだったそうです。
また、道譽の愛玩した唐物(カラモノ)は現在も大(オオ)名物(メイブツ)として作物(ツクモ)茄子(ナス)、京極茄子、打曇大海という銘が付けられて美術館に、その美しい姿を見せています。闘茶は室町中期に到るまで大流行しました。
 室町初期の闘茶には風流と共に茶道的な美の芽生えがありました。我が国には歌道と称する古代からの伝統的な国粋文芸が有ります。鎌倉時代藤原(フジワラ)定家(テイカ)と文芸を愛する人々によって歌合(ウタアワ)せの形式となり、更に連歌会の方式へと発展しました。連歌は室町中期東山時代に宗(ソウ)祗(ギ)によって大成し今日迄続いています。
 室町中期東山時代はあらゆる部門において国粋的な芸道が成立した時代です。立(リツ)花(カ)は昔聖徳太子が霊(レイ)夢(ム)により京都の池のほとりに六角堂を建て、自身の念持仏の如意輪観世音を祭り、小野(オノノ)妹子(イモコ)に守護を命じました。義政の頃の十二代専慶は立花の名手として歴史に名を残しています。香道は堂上(ドウジヨウ)公家(クゲ)は三(サン)條(ジヨウ)西家(ニシケ)の御家(オイエ)流(リユウ)、武家一般は志野流志野宗信となっていました。 茶道が国粋的な芸術として成り立ったのもこの時代です。お茶の書院飾りも佐々木道譽によって始まったという事です。
 道譽は悪名の高い人でしたが、闘茶、歌道、香道、歌舞、音曲に至るまで趣味の広い風流人であったようです。
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